丑三つ時もとうに過ぎ、間も無く夜が明けるというところ
○○は紅魔館の一室から外を見ていた
「いやぁ、いつ見てもここからの眺めはいいなぁ」
「ええ、本当にね」
館の主である、レミリアと共に

「もうすぐ眠る時間だな、レミリア」
「あら、もうそんな時間だったの。貴方といると時の流れは早く感じるわね」
「時なんてそんなものさ。いつの間にか現れて、いつの間にか消えるもの」
「まるで貴方みたいね、○○」
「…なぁ、レミリア」
先程まで笑っていた顔から笑顔が消え、重い顔付きなった○○を見て、レミリアは少し戸惑う
「何かしら?」
「君は、こんな俺の何処が気に入ったのかい?」
「あら、何を聴くかと思えばそんなこと」
「済まない、俺は冗談で言ってる訳ではないんだ」
「……そうなの?」
「ああ」
「なら、そんなことを聴く理由でも教えて欲しいわね」
○○の顔は更に重くなる
まるで何かに縛られ、怯えてるかのよう
「……怖いんだ、俺は。夜が来る度、朝が来る度、昼が来る度、1日が終わる度、自分が此処で過ごしてきたこと全てが夢だったと考え込んでしまう。人間を辞め、この館でしか暮らせない吸血鬼となった今でも。俺はまた、あの世界に戻ってしまうのではないかと。あの、残酷で終わりのない絶望しかない世界に」
「……。」
「レミリア、君は何故俺を愛する?振り切った筈の世界に怯え、いつ来るか分からない消滅に怯える俺の何処が良いんだ?頼む、教えてく……」
最後まで言い切ることなく、○○の口はレミリアによって塞がれた
「……ぷはぁ、貴方がそこまで思いつめていたなんて……ごめんなさい」
「いや、良いんだ」
「いいえ、素直に言えなかった私の所為だからね。……大丈夫、ちゃんと説明するから、もう怯えないで」
○○は自分で気づかない内に震えていた
「ああ、いつの間に」
「大丈夫よ。少し落ち着きましょ。紅茶でも如何かしら」
レミリアはポッドを手に取り、カップへと紅茶を注ぐ
いつもの通り、変わることのない香りが部屋に行き渡る

「私は、いいえ、妖怪は貴方が思っているよりも精神的な生物なの。認められれば存在は確固たるものになるし、拒まれればそれまでのものになってしまうの。無論私も」
月は間も無く沈み、太陽が代わりに姿を現わそうとしていた
窓を背にしてカップを持つレミリアは窓からの微かな光を受けていた
この僅かな隙間に入り込む光が、レミリアをより美しく引き立てていた
「あの時、私が貴方を拾った時から既に精神は左右されていた。だって、私は貴方に興味を抱いていたから。私、幻想郷では偉そうに踏ん反り返っているけども、本当は臆病であることを知られたくないだけなの。夜の王なんて偉そうな肩書き、私には似合わないの」
つぅ、と頬を伝って流れる涙は、レミリア自身の不安を表していた
「貴方は、そんな私を気にせずに受け入れてくれた。それが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。それと同時に悲しかったの」
「俺が、人間だったからか?」
「ええ、そう、その通り。私は吸血鬼で貴方は人間。種族の違いは決して避けられるものではなかった。それに、貴方が外に帰りたい、と言い出すのも怖かった。外に帰れば私を忘れてしまうのでは、と。私を分かってくれるのはもう、貴方だけだったの。咲夜もとうに死に、美鈴も少し寿命が長いだけで死は訪れた。パチェは魔法が失敗して永遠に帰ってこなくなり、フランは暴走の果てに自らを壊してしまった……。私の知る霊夢も彼岸の人間に…私の親しかった者は皆この世を去ってしまい、残ったのは私だけだったの」
今まできかせれることのなかった真実
それは、決して興味本意で踏み入れてはいけない領域であった
「私にはもう貴方しかいなかったの。私を理解し、隣に寄り添ってくれるのは。でも貴方はいつか消えてしまう存在だった。だから…………」
レミリアはそこで言葉を区切ると俯いた
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい貴方を殺してしまって貴方を吸血鬼にしてしまってごめんなさいごめんなさいごめんなさいでもこうするしかなかったのごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいお願い拒まないで見捨てないで独りにしないでもっと私を見てもっと私と生きて私の孤独を埋めて私を理解して私と添い遂げて私を、私から消えないでお願いもう貴方しかいないの」
パリンとレミリアのカップが割れる
中身は入っていなかったので服が濡れることはなく、幸いにして手を切るということもなかった
「……レミリア」
カップの音で目が覚めたのか、○○はレミリアは抱き寄せ、唇を重ねた
それはまるで、従者が主を思ってのことか、はたまた純粋な恋人同士としての接吻かは分からなかった

「…どうやら俺たちは、互いのことを思いすぎていたようだな」
「○……○……」
「安心しろ、レミリア。君が十分俺のことを思ってくれていたのはよく分かった」
「…うん」
「だからこそ、俺と一緒に最後まで生きてくれないか?」
「…え?」
「君が思うように、俺も君なしでは生きていけない。俺も大分君に依存してしまったようなんだ」
「え、……え……」
「だから、俺と一緒に、いつまでもいて欲しい」
「ま、○○ぅぅぅ!!!」
レミリアは○○に抱きつき、泣いた
そこにはかつて恐れられていた夜の王の姿はなく、臆病でそれでいて美しい少女の姿があった
「○○、○○、○○!!」
「ああ、俺はここにいるよ」
「もう私は貴方を離さない!例え貴方が逃げ出してもすぐに捕まえるわ!もう貴方は私のものよ!」
「ああ、望むところさ。俺は元来そのつもりだ。ずっと一緒に居よう、レミリア」
かつて、悪魔として恐れられていた一人の吸血鬼
しかし、今ではただ一人の恋を叶えた少女としてその姿を保ち、そこに以前のような姿はなかった




ーそうして、時は流れて
巫女とメイドと門番と魔女と吸血鬼が死んだのはとうに忘れられ、
新たに魔法使いと白沢が死んで
幾つもの季節が流れる中
幻想郷は相変わらずの、平和な日々が続いた

そうしてまた時は流れ
外の世界の、極東の巨大都市が流れ着き
地底と地上が一つになった時、
二人の吸血鬼が死んだ
誰にも気づかれることなく
ひっそりと
しかし、二人の表情に曇りはなく
笑顔のまま、死んでいったそうな
《了》

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最終更新:2015年06月19日 22:47