蛮奇/21スレ/41
休日前の一人飲み屋。
一週間の終わりを見送りつつ、だらりと焼鳥を齧るのが俺の決まり。
かったるい人間関係やら仕事やら、反吐がでる。明日明後日なんぞもう知らん、俺は休日を世捨て人するつもりで呑んだくれていた。
気の合う話相手なんぞ、そうそういないもんだ。くだらない馴れ合いやら健全ぶった会話やら、そんなもんは日常生活の演技で手一杯だ。
だったら仕事の無い時ぐらいは、孤独にまったりと過ごしたい。
さあ、明日をドブに捨てるつもりで呑む………
「相席いいかしら?」
「ん…………?ああ、なんだ、お前か。」
………と意気込んでいたのだが、今日は久々な顔に出会った。
赤蛮奇。
人里で細々と暮らすろくろ首だ。
俺は掴み所が無いだの冷めてるだの散々言われがちな性格なのだが、こいつもこいつでなかなかいい根性をしてる。
本来ならお互い他人なんぞ知らんふりなのだが、ひねくれ者同士話が合うのか、数少ない飲み仲間と化していた。
「明日明後日はもうクズんなるぞ、俺は。」
「出た出た。まあ気持ちはわかるけど、あんまり引きこもってるとお尻に根が生えるわよ?」
「寧ろ生えたい。なんなら土から養分を取って生きたい。
ツラを見たい奴なんてたかが知れてんだ。一生の付き合いなんて、せいぜい2.3人いりゃいいんだよ。」
「………その中に、私はいるかしら?」
「さてねー。」
……言えるわけねえだろ、ばかやろ。
所詮俺は人間様、こいつと並んで歩くには、少々ひ弱過ぎる。
そこそこに男前な男妖でも現れて、俺の前から蛮奇を掠め取ってくれりゃ、俺もすんなり諦めがつくんだがなぁ……。
俺が素直になった所で、こいつを幸せに出来る気がしない。
あーあ、こいつと飲む酒は旨えなぁ……ちくしょうめ。
散々酔っ払って家に帰れば、がらんどうの我が家。
俺にとっちゃ一人の時間は寧ろ天国……なのだが、今夜ばかりはダメだ。どうにもこうにも、あいつの顔ばかり浮かぶ。
誰も見てねえしなぁ………たまには、男泣きしたっていいよなぁ………。
泣いてるあいつなんて初めて見た。
さっきカマを掛けてみたけど………やっぱり、好きな人がいるのね。
人も妖怪もくだらない輩だらけだし、馴れ合いも好きじゃない。
似たような思考回路をしてるだけかもしれないけど、そんな中でも、あいつだけは居心地が良かった。
全く○○にあんな思いさせて、どこの女かしら。
……あーあ、誰かわかるんなら、シバきたいわね。さっさと私の前から○○を奪ってくれれば、まだ諦めが付くのに。
今だって諦めきれなくて、こうして夜毎頭を天井裏に忍び込ませて、彼を覗いてる。
そりゃ男の独り暮らしを覗いてるのだから、すけべな事に使ってる春画の女とかも見ちゃうわけで。
町中でそれに近い部類の女を見かければイラっと来るし。あいつがさっき言ってた2~3人に好きな人がいるのかな、と思うと、何だかやりきれなくなる。
嘘でもいつもの調子で、「まあお前もそうだなー」とか、適当に返してくれても良かったのに。
いっそあいつの首でも撥ねちゃえば、私と同じになるかな……なんて思うけど、あいつはそんな事したらお陀仏だもの。所詮世の中甘くない。
だけど。
ねぇ……誰を想って泣いてるの?私だったら、いつでもここにいるのに。
いつでもあんたの事、誰よりも見てるのに。
胴体は家の裏に隠してるし。
首だけで今ここに現れてやる事も、胴体を呼んで抱き締めてやる事だって出来る。
それでも驚かないでしょう?あんたは私が首を外してる所なんて、見慣れてるんだから。
どんな時でも、“私そのもの”しか見やしないんだから。
教えたよね?私は頭を9個まで増やせるって。
この部屋だけじゃない。風呂場にも台所にも、天井裏にはいつも私がいるの、知ってる?
こんな気持ち悪い事をするぐらい、もう押さえられないの。あんたの心が欲しくて欲しくて、たまらないの。
……だから早く、その人と幸せになってよ。
それでも私がそばにいたら、あんたは幸せになれないんだから。
さっさと勇気を出して、その人の元に行って。
早く、この気持ちを殺して……。
感想
最終更新:2020年09月20日 18:22