天狗と人間 最終話
「ありがとうございました」
酒場にて、○○からその妻との昔の話を聞かせてもらった椛の意中の相手××は○○に普段の口調よりもやや丁寧に礼をいった。
「別に礼は良いよ。それよりも……」
「わかってる。あの天狗ととりあえずもう一度会えばいいんだろう?」
××の家の場所を聞き、約束を取り付けることに成功した○○はこの日は××と別れた。
後日。
幻想郷の重鎮も使用することのある人里での料亭にて会食が行われた。
椛側には文・○○夫婦が。××側には慧音が付添いとして参加していた。
「××さん!」
全員が席につくと、椛は××に向かって深々と土下座を行った。
「この度は、××さんの気持ちも考えず、失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした」
「まぁ、天狗の常識の話は聞いたし、未遂だったから。二度としなければ今回のことは許そうかなと思う」
「ありがとうございます!あの……それで……」
椛は土下座の体勢から顔だけあげ、××の表情を覗いながら何かを聞こうとした。
××は事前に謝罪後のことも○○から聞いていたためなんとなく何を言おうとしているかの察しがついた。
だから、椛が言い終わるよりも前にさきに答えを返す。
「まぁ、謝罪から誠意は伝わって来たし。あまりお前に対して今は恐怖感とかないし。
今後もまずは友人としてなら、付き合っていってもいいと思ってる」
「ほ、本当ですか!?」
「聞いた話じゃ、妖怪とかの知り合いがいれば安心して山菜とか取りに行けるっていうしな」
「何処へでもお供いたします!」
とりあえず、当人たちは和解するかたちになっているようだった。
一応××は、何かあったら○○や慧音にすぐ相談すること。三日に一回は慧音に顔を見せるということになった。
その日の会食の帰り。
○○と文の夫妻はふたりの家に帰りながらも今日のことについて話し合っていた。
「文の時もそうだが、椛は随分と変わったな」
「ええ。彼女も想い人への思いは本物でしたし。
私よりも性格が真面目なのが、人間への理解にうまく作用したようです」
「とりあえずは大丈夫そうだったな。彼もまた会ってくれるといっていたし一件落着だ。お疲れ様、文」
「いえ、あなたも大変だっでしょう」
「俺は酒飲みながら昔話しただけさ」
その後も○○と文は、××と椛の動向を気にしてはいたが、特に問題なく交友関係を続けている様だった。
そして、交友関係が始まってから4ヶ月ほどたったある日。
椛が突然文と○○の家を訪れた。
事の発端の時も突然の訪問ではあったが、今回は招き入れられるよりも先に勝手に侵入してきた。
突然の訪問に、○○の膝の上で抱かれていた文は顔を真っ赤にしながら飛び降りた。
慌てて今の今まで自分たちが行っていたことを見たのか、理解したのかと焦る文だったが、それ以上に興奮した椛はそれどころではなかった。
「聞いてください、文さん!○○さん!」
「どうしたの?まぁ、落ち着いて」
慌てたとはいっても。切羽詰まった感じではなかったので、聞く側の○○も落ち着いて対応できた。
自分たちにわかるよう話をするように促す。
「実は、私、××さんと恋人としてお付き合いすることになったんです!」
「へぇ……良かったじゃないか」
「はい!私、あんなことをしてしまって、××さんとの恋人になることは諦めていたんです!
自分から告白する気はなくて、お友達のままでいられたらいいって……でも、今日××さんのほうから……」
「そういえば、彼こっちに永住するとか言ってたっけ。
なにはともあれ、恋人となってもいいなと思えるほど彼と仲良くなれたってわけだ。おめでとう」
「ありがとうございます!」
「まぁ、今後も何か質問があれば聞きに来てくれていいから。問題ないよな、文?」
「ええ。私は問題ないですよ。きちんとノックして了承を得てから家のなかにはいるのであれば」
報告を終えた椛は「できるだけお世話にならないように頑張ります」
と言い残して文と○○の夫妻の家を後にした。
「椛はあんなことを言っていましたが、恐らく相談に来ると思いますよ」
椛が来るまでは○○に甘えていた文だったが、椛に見られたかと思い、恥ずかしかった後のせいか、続きはせずに○○にお茶をいれていた。
そんな文が呟いた一言が気になり、○○は文に質問した。
「どうしてそう思うんだ、文?」
「正確や誘拐行為の結果など、細部は異なりますが状況が似ているのでわかるんですよ。
一度否定された分、嫌われないか不安になるんですよ。付き合いたては特に」
価値観うんぬん以外にも、気を遣わせてしまっていたかと○○が思っていると。
「まぁ、こっちが勝手に悩んでいただけですから気にしないでください。私の場合はほとんど杞憂でしたし」
と文がフォローしてきた。
「あれ、俺まだ何も言ってないよな?」
「表情を見ればなんとなくわかりますよ」
「悩まずに俺に直接色々言ってくれていいぞ?」
「前に同じことを言われてからは気をつけていますよ」
「そうだったな、まぁ、でももっとと言うか……」
「○○さんがそういうのなら、気を付けますよ」
後日。
椛が深刻そうな顔をしてふたりを訪ねて来ていた。
文が淹れたお茶をまずは飲むように進め、落ち着かせてから○○は話を促した。
「××さんにプレゼントを渡したんです。ですが、反応が嬉しいという物ではなく若干引き気味のようでした。
一応受け取ってはくれたのですが……」
「それで○○さんに原因を聞きたいと。一体何を渡したんです?」
「……手編みのマフラーです」
「おかしいな。人間とっても恋人からの手編みのマフラーってのは嬉しいものだぞ?」
「ですよね。椛なにか心当たりはないんですか?」
「ないです!わからないんです!どうしましょう……××さんはいったい何が嫌だったのでしょう……私は一体何を彼に……」
「落ち着きなさい椛!」
××と同じ人間である○○に概要を話しても問題が解決しなかったことで椛は激しく取り乱した。
××に引かれた原因がこのまま解らずじまいになり嫌われてしまうのではないかと不安になっていた。
それでも長年の付き合いであり一応上司という関係性である文に強めに諭され、席につける程度には落ち着いた。
「椛ちゃん。詳しくどういった物を渡したのか教えてくれる?」
「はい。えっと、私の毛でマフラーを編んで渡したんです。ですから、白いマフラーです」
「ああ。もしかしてそれかもしれない……」
「どういうことですか?教えてください○○さん!」
「落ち着いて。多少、人間の中でも個人的なものがあると思うんだけどな。
まず、先程も言ったけど、毛皮のマフラーってのは嬉しいものだ。動物の毛皮の編み物も高級品として問題はない」
「じゃあ、どうして?」
「それが……許容範囲は個人的な意見で違うんだろうが……自分の毛を恋人に渡すっていうのは引かれる可能性はある」
「そんな……」
「毛とはいっても狼のものだからな……そこは××の個人がどう思うかだ」
「じゃあ、引かれたことはダメってことですか?」
「いきなりで驚いたからっていうのもあると思うぞ。仮にも君の恋人として今までやってきたんだ。大丈夫だよ。
でも、一度今回の話を頭に入れたうえできちんと話し合ってみたらどうだい?」
「そう……します」
考えられる原因を教えてもらい、本人同士で話し合うように言われ、椛は帰っていった。
「××さん、あの、ご相談したいことがありまして」
「なんだ?椛」
○○と文の家から出た椛は、その足で××の家を訪ねた。
すでに家にはいつでも来てよいと言われていた。
訪ねてすぐに椛は渡したプレゼントについての話をきりだした。
まず、○○に話を聞いてきたことを話、そして自分の毛を異性にプレゼントしたことについて浅慮だったと謝罪した。
「驚いただけで、それ程気にしていないから大丈夫だよ」
「本当ですか?嫌だったら、正直に言ってくださいね」
「落ち着いてみたら、あったかいし、とても良い贈り物だったよ。ありがとう。……今回の件は、俺も謝らないとな」
「どういうことですか?」
「椛の話を聞いた感じだと、露骨に表情に出てたみたいだから。せっかくプレゼントをくれたっていうのに悪かったなって」
「いえ!私がもっと気にかけていればよかったんです」
「この際だから、もっと普段の生活について話し合っておく?」
「そう……ですね」
今回のプレゼントの件は、××は毛とはいえ「狼の毛皮」という認識で××の中で解決しているらしく、早々にかたがついた。
とはいえ、椛は驚かしてしまったこともあって今後自身の毛でのプレゼントはやめようと思ったが。
とにもかくにも今回の「毛」についての事案をいい機会として、ふたりの認識合わせを今日しっかりとしておこうということになった。
嫌われておらず、今では本当に嬉しそうと見てわかる表情でマフラーのことについてお礼を言ってもらえたので椛は気が楽になっていた。
「××さん。改めて、私に対して要望や改善してほしいところがあったら言ってください」
「そうだなぁ……むしろ椛はどうなんだ?」
「どういうことですか?」
「今回の時みたいに、俺の表情でなんか気づいたことはないか?自覚せずにそれ程嫌でもないのに表情ではお前を焦らしているかもしれない。
それだけじゃなくて、付き合う前にお前が色々したからって俺に気を使う必要はないぞ。むしろ溜めこんでしまうのが心配だ」
「そ、そうですか……?」
××が逆に自分に対して要望はないかと聞いてきたので、椛は少し思考した後××に答えた。
「その、茶店のとこの娘さんとあまり長く話したりしないでもらえますか?」
××はふと何のことかと考え、仕事帰りに時々立ち寄る茶店のことだと気付いた。
そこの看板娘はちょうど××と同い年ぐらいだった。
幻想郷外から来たとはいえ、こちらに来てそこそこ立つのでこちらの情勢の理解や住んでいて思うところはこちらの人間と共通の認識がないではない。
その上で、同い年としてそれなりに話がはずんだ。
看板娘自体も明るい性格と客商売ということで特に他に客がいない時は団子などを食べ終えるまでは話し相手になってくれていた。
××としも誰かと話しながら食事を取るのは嫌いではないし、他の客からの情報を交換できるのでよく話をする。
相手は恋人などはいないとはいえ、××に恋人がいる知っているので話をするだけなら問題はないと××は思っていた。
だが、価値観の違いを気にしている椛は一般の恋人以上に同じ人間の女性と××が談笑することを嫌がった。
話をしているうちに自分より価値観の近い人間の女性に気持ちが移ってしまうのではないかと不安になってしまうのだ。
××は椛の話を聞いて、以後気を付けようと思った。
本人としてはもし仮に看板娘に惚れたりしたとしても椛がいる以上浮気などはしない気でいたから問題ないと考えていた。
だが、椛がそれで不安になるというのであれば、その旨を伝えて、看板娘とは会話をしないべきだろう。
この件に関してはそれでいいだろうと××は思った。
しかし、新たな問題がこの時すでに発生していた。
それに向き合っていかなければならない。
「あのさ……椛」
「なんでしょうか?」看板娘と会話しないことを伝えたあと、××は椛にあることを聞くことにした。
「あの、人里の中の団子屋で普段から女性と話しているを何で知っている?
家にきたりすることもあるし、人里に全く来ないというわけではないが、時間帯や位置的に知っているのは違和感がある」
「それでしたら……私の能力で見たんです。私の力は『千里先まで見通す程度の能力』なんです」
「そういや気にしてなかったけどお前の能力ってそういうのなんだ……あのさ、椛」
「なんでしょう?」
「人間と言うか……外来人からするとそれちょっと盗撮っぽいんだよな……」
「え……駄目でしたか……?」
「付き合っている以上は、他の女性と関係は持たないと誓うし、誤解されやすい状況になることも控えるからさ、頼むよ」
「はい……わかりました……えっと、以後、能力を使っての××さん見るのは、やめます」
椛は××の言った、「千里眼によって見張るというと言う行動をやめること」に了承した。
しかし、××の目から見ても不服とは言わないが、それによって不安定な精神状態になっているのが見てとれた。
椛としては2度と自身の欲の為に××に害を為す気はなかった。
だから、人間の女性に××の気が移るとい事態への不安はあったがそれが理由で監視を続けるのはやめることに迷いはない。
ただ、椛にとってその能力によって××を見ていたのは、他の女性と関係を持つことが不安なだけではなかった。
××を好きになる前は気にならなかったが、スペルカードルールが広まった現在でも理性の低い妖怪に普通の人間が襲われて死ぬという事象はゼロではなかった。
その事象が、最愛の××に降りかかると思うと胸が張り裂けそうになった。
××のことが心配だった。
自分から離れて行ってしまうというのもそうだが、なによりも彼が傷つくのが心配だった。
自身の能力で××を遠くからでも見守って行けば万が一の時に手遅れになる前に××の元へ行けるかもしれない。
だから、できうる限りの時間××のことを能力で見ていたのだった。
だが、××はそれが嫌だという。
ならば、続ける訳には行かない。見張ることをやめることを了承する。するべきだ。
以前、嫌われることをした自分と恋人関係になってくれた××にこれ以上嫌われるようなことをしたくない。
でも……もし千里眼で見るのをやめた明日、なにかの間違いがあって人里に人を襲う妖怪が立ち入り××を殺害したら?
そんな考えうる最悪の想像をしてしまう。
椛は自分が××に嫌われることよりも××が傷つくことのほうが嫌なことに気付いた。
ふと、××に嫌われても、たとえ別れることになっても××に危険が迫らないように見張るべきなんじゃないかという気がしてきた。
しかし、すぐにその考えを自身で否定する。
そんな、最悪の想像を押し付けるのこそ、相手側の気持ちにならずに行動する以前の自分の行動ではないかと。
××がいなくなってしまうという自身の不安を解消したいだけの自己満足の行動ではないかと。
それとも、××が無事でいるという結果が全てなのか?それは自己満足か?
思考がぐるぐると何度も同じ疑問にたどり着く。
答えを出したはずなのにそれは正しいのかと悩み前に進めない。
「椛!」
「え……?あ……××さん……私」
××は、椛を抱きしめた。
「悪い。そんなに思いつめちまうとは思わなかった。
俺に気を使うなって言ったばかりなのにな。いいよ、気にするな。能力で俺を見てていいからさ」
「いいん……ですか?」
「今回は俺が妥協するさ。千里眼ってのは特殊だが、似たような束縛的な恋愛は人同士でもなくはない」
「でも、嫌なんでしょう?」
「本音はな。だが、お前がそんな辛い思いするなら我慢できるさ」
「私は……あなたに嫌な思いしてほしくないです!それで嫌いになられるなら……」
「いいか椛」
なおも××は椛を抱きしめ続ける。
「俺は前、お前に誘拐された。その時お前は人間は天狗の思い通りに生きるべきみたいな考えだったな」
「……はい」
「俺が拒否して、お前は文さんからいろいろ教わって、俺のことを第一に考えるようになったな」
「……はい」
「俺がそれで、俺や他の人間のことをきちんと考えられるお前が俺のことを想っていてくれて、だから付き合ってもいいかなと思って。
えっと、言葉にするとうまく言えないな」
抱きしめたまま言葉をきって少し思考して再開する。
「俺らは恋人だ。人間と天狗だが。恋人にどっちが上もない。まぁ、それはカップルによって違ってくるのかもしれないが。
俺はどっちかが上になるとは思わないし、したくない」
「××さん?」
「何が言いたいかっていうとだな。今のお前は俺のことを優先して考えてくれてる。でも無理はしなくていいんだ。
同じ種族だって他人なら色々あるんだ。お互い、妥協点を見つけてうまくやってるんだ。
どちらかがずっと無理する必要はない。人間も天狗も関係ない。恋人なんだから対等だ。今回は俺が妥協するだけさ。
だから、無理してさっきみたいな苦しい思いをする必要はない。させたくないんだ」
「××さん……××さん!」
「うまく伝えられたか自身がないんだが……えっとだな」
「いいんです!わかりましたから……ありがとう……ございます……××さん……う、うわぁぁぁぁん!!」
安心したからか、椛は××に抱きしめられたまま大泣きした。
翌日。
人里の酒場。
「へぇ、そんなことがあったのか」
「ええ」
いつか、文との馴れ初めを話した酒場で○○と××のふたりが杯を交わしていた。
たまにこうして人間ふたりで飲む。
××の○○への口調は年下ということもあって初対面の時とは違い敬語になっていた。
「じゃあ、今も俺と飲んでるとこを椛ちゃんは見てるってことか」
「そうなりますね」
「そっか。じゃあ、今ここで誰かをナンパして浮気したら文に告げ口されてばれんのか」
「心にもないことを言わないでくださいよ。そんな気ないくせに」
「男が浮気するのはオスとしての本能らしいぞ」
「奥さんが深刻に考え過ぎないように常に気を張ってるくせに。浮気なんてする人の考えることじゃないです」
「まぁな。あー……俺も君のセリフ丸パクリしようかな。もっと文は俺に主張するべきだし俺は文の為に妥協するべきだ。一回俺らは対等だとビシッと言っとくか」
「使いたいならご自由にどうも。お互い、一度完全に拒否してしまっていますから我がまま聞いてあげるのに苦労しますね」
「それにしても君の方から椛ちゃんにそんなことを言うとは。大事に想っているな。
そこまで言えるんならさ。もう、恋人までじゃなくて結婚しちまえよ」
「そのつもりですよ?」
「……マジで?」
「ええ。さっきの話のあとプロポーズしまして。今日はその報告をかねて飲もうかと。そうそう、文さんと○○さんに仲人をお願いしたいんだけど」
「仲人って具体的に何すればいいの?外でもしたことなかったから解らん」
「博識の慧音さんにでも聞いてください」
「そういや今でも慧音さんに3日に一回顔見せてるの?慧音さんにそうするよう椛ちゃん許した日に言われてたじゃん」
「いえ?だいぶ前にもう大丈夫だろうと慧音さんに言われてそれはなくなりました」
「え?俺それ聞いてないんだけど」
「そんな重要なことじゃないんで良いかと。……そんな顔しないでください。重要な結婚のことはすぐ言ったじゃないですか」
数日後、椛と××の結婚式が開かれた。
文と○○、椛と××。
2組の天狗と人間の夫婦はお互いに夫婦間の関係向上の為、その後もちょくちょくと情報交換やアドバイスをし合いながら暮らしていった。
<了>
最終更新:2015年06月19日 23:00