○○月××日


今日から日記をつけたいと思う。
何故かといえば、今日からやっと本格的に俺のこの幻想郷での生活が始まるからだ。


いきなり外の世界からやってきて当然この幻想郷に住む場所など無かった俺ではあるが、
今日からやっと竹林の中に存在する『永遠亭』なる場所に住まう事が決定した。これでようやく人里で他人の家を渡り歩く生活もおしまいだ。

最も、代償としてここの家事雑事は全て引き受けるのだが、暖かい家に住むことが出来るのはそんな事を気にしなくて済む程のメリットだ。
永琳さんの手料理も凄く美味しかったしな。


明日から仕事が始まる。何、今まで泊めてくれた人の家でも同じことはやってたから慣れてるさ。さて、そろそろ眠ることにしよう。



○○月□□日


いきなりではあるが、永遠亭の住人は変わっていると思う。いや、もっと正確に言うなら永琳さんが変わっている。
何故、永琳さんは見ず知らずの自分をいきなり雇うと言い出したのだろうか? 


レイセンさんが言うにはあそこまで姫様に俺を住まわせるよう、お願い――――いや、命令にも近い口調で喋ったのを見るのは始めてだったらしい。
自分はその場にいなかったので詳しくは分からないが。

何はともあれ、変わってはいるが永琳さんはいい人だ。俺みたいな後ろ盾も、特別な能力もない人間を住まわせてくれるし。
いつか此処を出て行く時にはお礼をしなければ男が廃る。


□□月△△日


今日の出来事は正直、思い出したくない。里に一人で薬を配っていて日も暮れたから帰ろうとしたら、竹林の奥で、妖怪が人を食っていた。
遠目でよく見えなかったが、喰われていた人間の着ていた服は明らかにここの人間が着ている物とは違っていた。
妖怪は俺に気がついていないのか、ただずっとその人間だった物を下品な音を立てて喰っていた。血をビチャビチャと撒き散らしながら。
辺りに鉄と糞と、尿が入り混じった匂いをばら撒きながら。


外来人、俺と同じ、外の世界の人間。噂によると、ここの管理者である大妖怪は妖怪たちに外の人間を攫ってきて、食わせてるらしい。


吐き気が、した。俺もその程度の存在だと思われているのだろうか? 永琳さんにとって俺は、ただの外の世界の人間のサンプル?
あの俺が仕事を終えた後に見せてくれていた見惚れる様な笑みも演技?


これ以上は考えたくない。今日は眠る。今度里にでも行ったらここに代々住まう家が書いている幻想郷に住まう者について纏めた書物を買おうと思う。


△△月□□日


今日ほど自分が馬鹿だと思った日はない。今日、貯めていた小遣いを叩いてここについて纏めた『幻想郷縁起』を購入して、絶望した。
この世界では俺達人間は只の料理、ただの無力なモルモット、檻に閉じ込められ飼い殺しにされたサルだ。

妖怪は人を簡単に殺す。呆気なくだ。中には殺した人間を剥製にしてコレクションしてるものや、畑の養分にするもの。
挙句には湖のほとりにあるあの紅い屋敷では何人もの人間が『食材』として消費されているらしい。


だが、それ以上にショックだったのは永琳さん達についての記述だ。結果から言えば、永琳さんは人間だ。そう書かれていた。
死なず、年を取らず、ありとあらゆる薬を生み出すことが出来て、月にある都の賢者だったというのを除けば普通の人間だ。

……正直、自分でも書いてて悲しくなる。淡い恋心みたいな物もあったのだろうけど何処かに吹っ飛んでしまった。
そもそも俺は何を期待していたのだろうか? 永琳さんと恋人? そんなことありえるわけないじゃないか。彼女は俺とは違うのだから。


彼女からすれば俺なんて、そこいらのゴミと同じなんだろう。彼女が興味あるのは姫様と、自分の研究だけだろうな。俺なんて蚊帳の外だろう。
明日からは少しだけ距離を置くことにする。向こうもその方が嬉しいだろう。俺みたいな穢れた地上人と会話しなくて済むのだから。





□△月△日


信じられないことが今日起きた。一言で言うと、彼女に告白された。
勿論断ったが。あの赤く染まった顔も演技なのだろう。億年単位で生きれば名優並みの演技力も身につくのだろうなとつくづく思った。 


つまり彼女は玩具が欲しいのだ。俺と言う玩具でただ自分の退屈を紛らわせたいだけなのだろう。


だって俺みたいな何のとりえも能力もない一般人を月の賢者様が好きになるわけない。それに俺は不死などではない。
付き合って結ばれてもいつか先に死ぬだろう。いや、むしろ俺が老けていくのを盆栽の成長を見るような感覚で見たいだけなのだろう。


そしていつか俺のような存在の事など忘れ去るのだ。そうに違いない。


理由を聞かれたからこれらの事をオブラートに包んで言ってあげた。
俺は貴女と同じ時間を生きれません。と。次に彼女がいった言葉に俺はもっと驚いた。


何と、それならば俺の為に人を不死にする蓬莱の薬を作るというのだ。鬼気迫る表情でそういう彼女にはいつもの冷静さなど欠片も見当たらない。
全く大した演技力だ。普通の人間なら騙されるだろうが、俺は違う。大方「一般人が不死になったらどういう精神状態になるか」のデータが採りたいらしいが
、俺は実験体なんて真っ平ごめんだったから、これも丁重に茶を濁すような返答の仕方で断った。


そのまま彼女の返答を聞かずに俺は自室に戻った。正直、俺の頭の中は俺の事を何とも思っていない賢者様何かよりももっと大事な事で埋め尽くされていた。
そう、故郷への帰還だ。里で聞いた話によると博霊神社という場所に居る巫女さんに賽銭を払って頼めば外に返してもらえるらしい。

教えてくれた里の住人は俺が知らないことに驚いていたな。てっきり薬師が教えていたものだと思ってたらしい。


でも、生憎俺は彼女に一言もそんな事を教えてもらっていない。理由は大体分かる。俺というサンプルをずっと此処に飼っていたいのだろう。
偽りの愛を囁いてまで。恥知らずめ。


しかし残念だったね。俺は来週にでも外の世界に帰るとするよ。こんなイカレタ世界絶対に嫌だ。こんなイカレタ賢者が居る家なんて絶対に嫌だ。
実験台なんて絶対に嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、いや、だ。




○○の日記はここで終わっている。






○○月××日


今日は素晴らしい日だ。何故ならば○○が今日から永遠亭に住み込んで働いてくれるからだ。
○○……里の家を転々としていた外来人で性格は明るく、働き者で素直、子供好き。そしてとっても優しい人。


思えば、始めて彼を遠目で見た時から私は彼に惹かれていたのだろう。彼という存在そのものに。
明日から彼がこの家で働き始める。あぁ、明日が楽しみだ。これほど胸がウキウキしたのは数億年の私の人生の中でも始めてだろう。
博霊神社については後々教えたいと思う。まだ早すぎるのだ。今教えたら帰ってしまうかもしれないじゃない。彼には彼の意思で私の傍にいてもらいたいのだ。



○○月□□日

今日は彼に魚を釣ってもらった。大きな大きな魚だ。彼曰く泥を抜いて食べると美味しいらしい。早く彼と一緒に食べたい。
その時はあの夜雀の店から何かつまみでも買うとしよう。


○○の笑みがとっても眩しくて、年甲斐もなくドギマギしたのは此処だけの話だ。



□□月△△日


今日は薬の売り出しから帰ってきた○○の様子が何処か変だった。顔は真っ青で身体がガクガクと震えている。
何かあったのかと聞こうとしたら、小さくヒッと叫んで自室に走っていってしまった。

追いかけようとしたが、優曇華に薬の配合の事で呼び止められ、結局話を聞けなかった。



△△月□△日


おかしい…今日の○○は何かおかしい。会話を振っても外面だけはまともに受け答えするが、中身、心は篭もっていない。
それどころか、彼の私を見る目には明らかな『怯え』が混じっていた。彼は隠しているつもりなのだろうが、私にははっきりとそれが見えた。

何か、あらぬ誤解をしているのだろうか? 私が○○を害することなどあり得ないのに。ねえ話して?貴方は何か勘違いしてるのよ。お願いだから私にいつもみたいに
心からの笑みを見せて。



結局○○は以前釣った魚を食べた時も私に対して心から笑ってくれなかった。変わりに私達に注がれるのは疑いの目。まるで妖怪を見ている様な怯えを含んだ目。
手の届かない存在を見るかの様な無関心な目。何で?何で?何で?分からない。○○がどうしてそんな目を私に向けるのかが分からない。月の賢者と呼ばれた私でも分からない。






□△月△日

今日、彼に、   きょぜつされた。   完全にだ。  そして、彼は、、、もう隠そうともせずにワタシヲ化け物でも見る目で見た。こんなにあいしてるのになんで?

分からない分からないわからないワカラナイ。



□△月□日


偶然○○の居ない間に見た彼の日記を見て、全ての疑問に答えが出た。全ては些細な誤解なのだ。○○の中では私は彼を実験体ぐらいしか思ってないそうだが、
それは誤解だ。だから誤解を解くために○○には少しの間大人しくして貰わなければ。
そう、○○に精神安定剤を投与して、その後に私の言葉を素直に信じるようになる薬を打たなければならない。
何故ならば私は医者だからだ。○○は治さなければならない。○○は病気なのだ。私は彼を治さなければ。


治療時間は大体100年ぐらいだ。私だけが彼を治せる。蓬莱の薬を作っている時間が惜しい。変わりにあの竹林の不死の少女の肝でも持ってくるとする。






ここで日記は終わっている。

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最終更新:2010年08月27日 10:22