「ここって美人が多いよな」
目の前の青年は唐突にそんな事を言い出した。
まだ、冬の寒さの抜けきらない日の事だ。
自分と彼は昼間から縁側で将棋をしていた。
彼との付き合いは2ヶ月ぐらいになるだろう。
特に友人という訳ではない、たまに仕事の愚痴につきあってるだけだ。
そういうのが友人だと言われればそうなのかもしれないが。
「どういう意味だ?」と自分は彼に言った。
「ふと思っただけさ」
彼はそういって笑った。
「好きな人でもいるのか?」
と聞いてみた。
「……」
彼は顔を赤くして黙り込んでしまった。
ずいぶんと分かりやすい。
確かに、幻想郷の女性はレベルが高いだろう。
容姿はもとより、人柄も差はあれど外の世界と比べれば良い。
人で無い事を除けば。
相手は人外だ。生半可な気持ちで付き合えるものじゃない。
自分はそういった事をやんわりと彼に告げた。
「……俺は、人をそういう目で見たくない。
人だとか人じゃないとか、そういうのは問題じゃないんだ」
彼は強い気持ちの籠った目で自分を見た。
……正直、うらやましい。
自分にあるのは恐れだけだ。
こうは言いきれない。
「で、誰なんだ? 八雲 藍か?」
「え?」
図星か。
「ど、どうしてそこで藍さんの名前が出るんだよ!」
ずいぶん、分かりやすい動揺の仕方だ。
「仲が良さそうだったからな」
とりあえず、当たり障りの無い言い方にしておいた。
……実際、あれを“仲が良さそう”で済ませるのは無理があるが。
「で、どう思ってるんだ?」
「そ、そりゃあ……」
こんな質問がくるとは思ってなかったのだろう。
「……好きだけど……でも、俺じゃあ無理だ、不釣り合いだよ」
……確かに、彼の気持ちはわかる。
美人で性格がよいそんな人間(妖怪だが)、外じゃなかなかいない。
そして、自身を省みて釣り合わないと思うのも無理は無いだろう。
だが、重要なのはそこではない。
実は、ある目的があって彼と話をしようと思っていた。
むこうから話してきたので、わざわざ話題を作る手間は省けたが。
反応も良さそうだ。そろそろ、向こうに連絡していい頃かもしれない。
自分は茶を淹れに行く体で右隣の部屋に行った。
そこにいるのは一人の女性だ。
尻のあたりに生えている九本の尾は、彼女が妖怪である事を示している。
彼女が先程の話に出てきた八雲 藍だ。
「な、な、ど、どう言ってた? 私の事?」
我慢ならないといった感じで聞いてきたので、“好き”と言っていた事を述べる。
「えへへ、そうかぁ、△△は私のことが好きかぁ……」
心底幸せだと言わんばかりの笑みは、大妖怪の威厳の欠片も無い。
「ふふふふふふふふふ…やはりコレは運命だ……△△……」
そんな不穏な独り言を呟き、彼女は隣の部屋に突撃していった。
自分はそろそろ退散しよう。
自分が彼女の仕事を受けたのは一週間程前。
内容は△△の身辺調査。
調査の理由は知らない、というか知りたくもない。
あくまで、人外とは一線を引きたい。
本音を言うと受けたく無かったが、受けなければ酷い事になりそうだったので仕方ない。
彼を売るようだ。
気分が悪い。
二週間程たった後、人里から少し離れた自分の家に一枚の写真が届いた。
どこか痩せた気のするかつての友人と、本当に幸せそうな笑顔で彼に寄り添う九尾の女性の写真だった。
あまりよく知らないが、結構大規模な結婚式だったようだ。
何にせよ、幸せそうでなによりだ。
少なくとも女性の方は。
最終更新:2015年10月06日 11:47