キレイだね、そう言って○○は隣に座る少女の片を抱いた。
うん、と頷くと、彼女ーーリグル・ナイトバグは無防備に○○の肩へとその身を預けた。
二人が今いるのは小川のほとり。
そこにごろんと転がる丸岩に腰掛けて、夏の風物詩を堪能していた。
二人の視線の先には踊る小さな光……それが瞬きながらいくつも乱舞し、音の無い舞踏会を催していた。
小さな光は、そのまま小さな命。
その煌めく姿に○○の視線は吸い寄せられていた。

「良かったねお前達、キレイだってさ」

そう言ったリグルの言葉こそ、蛍達には何よりの褒美であったろう。
○○が自然とそう思う程に、彼女の声には慈愛が溢れていた。
そうだった。彼女こそはこの幻想郷で唯一の虫の王女。小さきもの達を統べる女帝だった。
○○はすっかりと忘れていた事実を思い出した。
普段のリグルは甘えん坊で、可愛がられるのが好きで、ちょっとだけ泣き虫な可愛い恋人であったから。
少しだけ勘が良いところはあるけど、概ねリグルはか弱く、男の保護欲をそそる女の子である。
それは閨のときでも変わりなく、むしろより一層そうした面が強くなる。そんな可愛いひとだと、○○は思っていたから

「おとうさんが誉めてくれて、ほんとによかったね」

………………なん、だと? と
その言葉は全く慮外のことだった。

「ふふ、ねえ、○○……」

言葉の意味を受け止められない○○に、リグルは甘い声で頬を擦り寄せた。
いつもそうしているように。
なついた猫のように頬を○○の甚平に擦り付け、時折ふふっと堪らないとばかりに微笑む。
いつも聞く、幸せが吐息となって溢れたような声であった。

(おとうさん、というのはどういう意味なのだ?)

と、聞いて良いのだろうか……
○○は滑る、不快な汗を流していた。
虫の、父、ということ。
己の血を分けたものが、虫だということ。
足は六本、瞼はなく、唇もなく、皮膚は硬質で、つまり人ではない。虫だ。
○○は不快に思っている自分を自覚した。
しかし、更にその一歩先には更におぞましい可能性が控えていた。

(もし、もしこの虫達に、蛍に、人のなにがしかがついてしまっていたなら……っ)

それらの人でなく、虫でなく、○○が知る妖怪というカテゴリーにもはまらない。
○○は目を閉じた。
見たくなかった。
確かめたくなかった。

「大丈夫だよ、○○」

リグルの声は、甘えたそれではなかった。
しかし、慈愛に溢れ、許すものの声だった。
それはまるで、誰しもが最初に触れる女性……大雑把な言葉でいうと、ーーのような。

「この子達を怖がらないであげて……」

瞼をきつく閉じた○○は、胸板に預けられた重さ、そして無意識に撫でていた髪の手触りを慎重に吟味した。
それは、変わらずなめらかで、しっとりとして、さらさらで……いつものリグル・ナイトバグのものだった。

「うん、大丈夫大丈夫。ははは、あははは」

「あ、ああ……ああ」

最早○○には「何が?」と問うことなど出来なかった。
大丈夫っていってんだから大丈夫なんだ。と盲信する他心の落ち着けようが無かった。
救いなのは、まだ、リグル自信のことは愛していたこと。
それだけはまだ温度を失ってなかったこと。

「ね、蛍が一番輝くのは、求愛しているときなんだ。
だから私も、○○と居られるときが一番輝ける。一番幸せ……」

「リグル……」

「だから、○○といられれば、何月だって私には夏の夜だよ」

「……」

「あんまり頭よくないから、難しいこととかは どうでもいいけど 」

「でも、○○が好きだって、この気持ちだけで、私は生きていられるの。
○○のこと、大好き……きっといつまでも」

夏の夜の中。
彼女と彼がどんな姿に見えるのか分からない。
ただ、○○は一つ、諦めることに決めた。
そうすればきっと、昨日までの安寧は続いていくのだろうから。
幻想郷の夏、そのむしあつさはまだまだ陰る兆しもない。

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最終更新:2015年10月08日 23:22