「まさか、あなた達が付き合っていただなんてね」
レミリアは自らの従者、十六夜咲夜と○○を呼びつけ、開口一番にそう言った。
別に彼女たちが宣言したわけではない。
ただ、咲夜から○○への極端な態度の軟化を見せられては色恋沙汰に鈍感ということがなければ察することはできた。
「お嬢様……もしかして不味かったですか?職場内恋愛禁止的な」
「別にそんなことはないわ。確認したかっただけ。そう、やっぱり付き合っていたのね」
恐る恐る確認する○○にレミリアが答える。
安堵する○○。
咲夜と付き合っていくことに問題がなかったことはもちろん、職場恋愛禁止と言われたら咲夜が何をしでかすかわからなかったので不安だった。
自分との恋愛が原因で咲夜とレミリアの主従関係に何らかの亀裂が生じることは避けたかったのだ。
「一応、確認しておきたかっただけだから。もう下がっていいわよふたりとも」
「はい、失礼いたします」
ふたりが退室した後、レミリアは考える。
自身のモヤモヤしたこの気持ちはなんなのだろうか?
ふたりが恋人同士なのではないかと疑った瞬間から生まれたこのモヤモヤは、咲夜と○○が恋人関係になっていることを確認してから激しさを増していた。
その正体がわからずに悶々としていると、気付けば○○のことを考えていた。
○○。少し前から使用人として雇った人間。
咲夜と比較し、弾幕はもちろんのこと、人間として見ても完璧とは程遠い存在。
そんな○○と咲夜が恋人になるなんて。
○○が咲夜に惚れるだけならわかる。それを咲夜が受け入れて恋人同士になるなんて。
そもそも先に惚れたのは本当に○○なのだろうか。咲夜から○○への極端な態度の軟化を考えると逆かもしれない。
どらかというと、人間としてもどんくさい○○をあの咲夜が。
考えてもみなかったことだ。そう、今は○○はもう咲夜の物。もう自分の恋人にはなってくれないのだろう。
「……え?」
レミリアは、ふと自分がなにを考えているのかわからなくなった。
少し、茫然とし。そして気付く。
そうか。いつの間にか自分は○○を好きになっていたのだと。愛していたのだと。
でも、吸血鬼としてのプライドが告白することを許さなかった。平凡な人間が相手だから。
いや、自覚できていなかったからか?
とにかく思いを伝えることはなかった。
ああ、そうか。今ならなんとなく解る。
主として自分のことを好いてくれた○○。主として色々と頼める関係。
満足してしまったのだ。まだ、その先があるのに。
焦る必要はないと思い違いをしてしまった。ただの人間に紅魔館の人間が異性として好意を持つことはないと。
誰かの物になることはないと。自分の感情を棚に上げて。
「○○……○○!」
こんなことならもっと早くに自分の気持ちを認め、告白すればよかった。
手に入ると、手に入れていたと思っていた物が手元から消える失望感。
こんなことなら、さっき聞かれた際に職場内恋愛禁止といって引き離してしまえば良かった。
そうすれば咲夜の物ではなくなる。フリーだ。
それでは駄目だ。
今のレミリアはもう○○の恋人同士にならなければ気が済まなかった。
だが、どうする?
そもそも。自分と同じ、異性に対する感情を咲夜が持っていたとしたら主の自分が別れろと言っても聞かないかもしれない。
ならいっそ咲夜を始末するか。
いや、咲夜を始末しようと単純に引き離そうと。
その後、○○が自分のものになってくれる気がしない。
どうする?
どうすればいい?
○○と愛し合えるのならなら何でもする。
もう吸血鬼のプライドなどという矮小なものにはこだわらない。
例え、泥水をすするような目にあったとしても、レミリアは○○という男性を物にしたかった。
「そうだ……」
ふとアイデアが思いつく。
プライドを捨てるなら。どんなに汚い手を使おうが。
それで良いのなら。なら。
捨てよう。吸血鬼としてのプライドを。
十六夜咲夜は○○に告白した。
いつの間にか好きになっていた。人を愛するのに理由はいらない。
○○は自分も咲夜のことが気になっていたと気持ちに答えてくれた。
ふたりは恋人同士になった。
幸せだった。仕える主のレミリアも大事だが、それとは別の、男性との愛し愛される関係。
ただただ幸せだった。なのに。
「あら、聞こえなかったの咲夜」
「も、申し訳ありません、お嬢様。もう一度、もう一度おっしゃってください……」
「じゃあ、もう一度言うわよ咲夜。私と○○は結婚するわ」
「そんなハズは……だって○○と私は……」
焦る咲夜。
レミリアはそんな咲夜にゆっくりと言葉をなげかける。
その横には○○が寄り添っている。
「だって私達は愛し合っているのだもの。なにもおかしいことはないわ。そうでしょう?○○」
「そうだね、レミリア。愛しているよ」
主のはずのレミリアを呼び捨てにし愛の言葉を囁く○○。
それを聞いたレミリアは満足そうだ。まるでこの状況を見る前の咲夜のように。
違和感。
レミリアへの態度の急変のほかに咲夜は○○に違和感を感じた。
そして、気付く。
「そう……いうことですか。お嬢様……」
「なんのことかしら?」
○○は、レミリアに血を吸われ吸血鬼になっていた。
吸血鬼に血を吸われた人間はその眷属の吸血鬼になる。
純粋な吸血鬼とは違い、主の奴隷の様な存在に。意識も自我も一応あるが、その全ては主の吸血鬼に思いのまま。
奴隷たる眷属にされた○○。だが、レミリアは眷属である○○に命じたのだ。自分を愛せと。
普通、奴隷にそんなことをいう者はいない。
他の吸血鬼も労働力や戦力確保の為にこの力を使う。
だが、レミリアは咲夜から○○を奪うために使った。
「私を愛し、私と結婚するのは○○の意志よ。それにね、咲夜。○○は……あなたのことなんてなんとも思っていないわ」
今の、レミリアの眷属の○○はそうなのだろう。
主にそう命令されればそれが今の彼の意志なのだ。一生。
例え、今ここで咲夜がレミリアを殺せたとしても。
主を殺した敵としか○○からは認識されないだろう。
どうやら、血を吸われる前の咲夜への感情は命令によって捨てられたようだ。
「次は、パチェに報告しようかしら。咲夜?悪いのだけれど、私が呼んでいたと伝えに行ってくれる?あとは掃除に戻っていいわ」
「かしこまりました」
咲夜はレミリアの指示通りにパチュリーを呼びに行く咲夜。
現状、○○を取り戻す手立てはない。
悔しいが、今は、○○が盗られたこと以外、今まで通りに過ごすしかなかった。
だから主の指示に従う。
レミリアのほうも咲夜を追い出す気も殺す気もないようだ。
○○を眷属にした今、そのようなことをする必要もない。
それに優秀なメイドとして咲夜が必要なのだ。
「○○、大好きよ。もっと早く行動するべきだった」
「俺も愛しているよ、レミリア」
咲夜が去った後のレミリアと○○。
やはり恋人なので○○はレミリアに敬語は使わない。
レミリアはそんな今の○○に満足し、その○○に抱きつく。
パチュリーがやってくるまでの少しの時間も甘えていたといわんばかりに、顔を彼の胸にのうずめる。
一方○○は、かつて最愛の人であった咲夜にしたのと同じように彼女をやさしく抱きしめ、恋人の甘えに応えるのだった。
「お嬢様がそうくるのでしたら……」
図書館に向かいながら咲夜は呟いた。
紅魔館から去ることも考えたが。
逃げるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
まだ、咲夜も○○も生きている。
ならば可能性はある。
吸血鬼の眷属にされ奪われた○○を取り戻す。
例え、それこそ悪魔に魂を売ってでも、どんな手を使ってでも。
主と慕っていたレミリアがどうなろうとも構わない。
人間としての尊厳を捨てることになってもいい。
最愛の○○を必ず取り戻す。
たとえ目の前で、自分への愛情を主によって捨てられたかつての恋人が、その主を愛する光景を毎日見ることになっても。
○○のいるこの紅魔館で。知識の集約した図書館のあるこの紅魔館で。
いつか必ず取り戻す方法を力を得る。
咲夜はこの時そう決意した。
最終更新:2015年11月03日 00:00