「あなたぁーご飯できたわよぉ」

弾む声でレティは夫、○○を呼んだ。
その手には、ミトン越しに結構な大きさの鍋が抱えられている。
ぐつぐつと沸く鍋の音色、冬にはこれ以上無いご馳走の先触れ。
今夜のように吹雪く日には尚更である。

「今日はねぇ、ふふっ、ほぉらおでんにしたのよぉ」

これ以上無いほど嬉しげに、レティは蓋を開けるとわっと上がる湯気の中幸せを疑わない澄んだ笑顔を○○に向けた。
竹輪、昆布、つみれなど、鍋の中には十分に味の染みたご馳走が、金色の出汁の中我こそはと急くように躍り、芳醇な甘しょっぱい香りで食欲をそそる。
なかには、幻想郷では高級品にあたる海産物もちらほらと見えるが、特に気取った風に見えないのは○○が外来人だからであろうか。
いや、一種おでんそのものの気さくさ、もっと言えば人徳のようなものがあるのかもしれない。
○○は甲斐甲斐しく取り皿の準備をする愛妻を眺めながら、幸福感と若干の申し訳無さを噛み締める。
こと食事の支度に関しては○○の介入は一切認められていない。
盛り付け、箸や布巾の用意、今のような鍋の運搬にいたるまで、全てレティが執り行う。
メニューの決定権すらない。が、○○はそれをは不満に思った事はない。
寒さの増すこの季節、いつだって妻の料理は心を読んだかのように的確に○○の望むものがテーブルに並ぶ。
それらは勿論、彼女の愛情がたっぷりと込められたものばかりで、不満等あろうはずもなかった。

「これは旨そうだ。さぁ、おいで。一緒に食べよう」

そういって○○は炬燵の掛け布団をめくり、レティの場所を作る。
すると「あら、やさしい」そういってまなじりをさげ、愛妻はすとんと、○○に寄り添うようにして席に収まった。
外は日に日に寒気が強くなり、今日も吹雪くように雪風が家々や道をなめていく。
しかし、この家は妻の愛とその献身で冷えること無く、いや、それすらも楽しんで冬を過ごしていた。

「ふふー、しーあーわーせぇ―……」

レティーは目を細めて頬を預けた。
少し間延びした声に、彼女の無防備さが表れているような気がして、○○はそれがたまらなく嬉しく、誇らしいとさえ思う。
箸を持った手を一旦おいて、愛妻の肩を抱くと○○はその初雪のような髪に親愛の情をひとつだけ落とした。
「ん……」と、髪越しに感じる温もりにもどかしくも確かなものを得て、レティは満足げに瞳を閉じた。
数秒の間、茶の間には少しずつ弱まる鍋の鳴く音と、対照的に強まる外の寒風が鳴らす笛めいた音だけが響いた。

「さ、食べましょう」

そう言ってかレティが預けた肩を離した……その瞬間である。
ドンドンドン、と木戸を叩く音が闖入してきたのは。
二人の視線が木戸へと向く。
○○はうろんげに。
レティは……早朝、水溜まりに張った氷のような目でそれを見ていた。

「どうしたね!」

と、木戸越しに聞こえる切羽詰まった声に、○○は問うと炬燵から出てそこへと向かった。
レティと○○、その距離が僅かに離れていく。
離れる、といってもそれは家の中のこと。ほんの数メートルもないことだ。
だが、その間を数寸刻みでレティの瞳から温度を奪っていった。
無関心から嫌悪、それを通り越し敵意へと変わるのにたったそれだけの距離で彼女には十分だった。

夫と郷のものが話す声が聞こえる。
どうやらこの雪で遭難した者が出たらしい。
その探索へ手を貸して欲しい……そんなようなことを言っている。
レティはそれを単なる情報として受信した。
外の寒風は既に猛吹雪と化しており、その足はさらに強まっていく。
かの春雪異変でもここまでの吹雪はそう無かったほどに、急激に威力を増していた。

「ここから外へなど、決して出てはいけません」

まるで言外にそう主張しているかのように。

レティは思う。

遭難? それがいかほどのこと?
私の、私とこの人の数ヵ月しかない夫婦の時を奪ってまでソレを探すのに何の価値が?
無い。あるわけがない!
ただでさえ、他の妖怪より更に短い間しか愛し合えない私たちにそれを更に削れというの?
ひどい! あんまりよ!

「もう、きっと助からないわ。やめましょう無駄なことは」

レティはそう言いたい衝動を必死で堪えていた。
愛する夫のため、ただそれだけの為に。

「レティ…」

茶の間に慌ただしく戻ってきた夫の姿は既にがっちりと厚着していた。
言わずとも、探索に向かうことは見れば分かった。
いや、見ずとも行くことが分かっていたからこそこうも心が荒んだのだ。

「分かったわ」

そう言ったレティの声は硬い。
彼女自身、自らの声に慚愧の念を感じた。装うのが間に合わなかったのだ。
「レティ……」と、彼女の気性を知る○○は慰めようとしたのだろう。声をかけようとしたところで

「私もいくわぁ……」

と、レティに遮られていた。
その声は既に常のそれに戻り、瞳も温度を取り戻したかに見える。
だが、それでも有無を言わせぬ力強さを持っていた。
雪の夜の探索に雪女が味方する……これ以上無い援軍に、否応はない。

「頼む」

○○は短くそう言った。
と、その時に見た愛妻の瞳に一瞬で凍りついた。
燃えていた。
レティ・ホワイトロックの瞳は彼女らしからぬ色に燃えていた。
それは情熱、やる気などという生温いものではなかった。
まるで黒煙を吹き、赤黒い情炎を糧として駆動する淫猥な機械のように。

「帰ってきたら、続きをしましょうねぇ」

レティはそう言った。
雪女の助力があるとはいえ、今は夜である。
帰りの時間などいつになるか見当も付かない。体力もどれほど消耗するか。
それを知らぬレティではない。
が、絶対に「続き」というのをやりおおせるまでは寝かさない、という硬い意思を○○は感じた。
一体、彼女の中でどのような予定であったのか、○○は知るよしもない。
しかし、体力尽きるまで彼女の愛を受け止め続けなければならないのは明白だった。
○○はまだ玄関を出ていないというのに、ひどく体が重くなるのを感じていた。


愛妻レティ・ホワイトロックに愛され過ぎて朝になっても寝れない(予定)


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最終更新:2018年09月13日 07:17