霊夢/21スレ/488-490




「……ん」
と、霊夢が両腕を掲げるとその華奢なししおきを飾る水滴が数滴、つうとなだらかに滑り落ちた。
風呂上がりの彼女の頬は上気し、普段努めて冷静を装っていたその顔はある種の幼さ、あどけなさを取り戻している。
……いや、違うな。
と、しかし○○はその感想を否定した。
努めてそうだったのではない。
知らなかったのだ。幼さを。甘えを。
無邪気ではあっても、あどけなさはなく、純粋ではあってもいたいけではなかった。
脆いということすら知らない儚さ。そんな子だと知ってからこっち、自分は努めて甘やかした。
甘やかす、とはいってもそれは彼女の年齢を鑑みれば控え目にすぎる程で、ただ、彼女を認め、褒めてあげるだけ。
掌でその頭をなでくり、一言添える。ただそれだけだ。
全くたいしたものではない。
しかし、それが彼女を狂わせてしまった。
あの晩、常の彼女が持つことのなかった「執着」を、その小さな体に満々と湛えて目の前に足った霊夢を○○は拒めなかった。
暗に、お前のせいでこうなった、という責任感も僅かにあった。だが、危険な程に純粋に自分を求める霊夢を守りたいという父性にもにた思いもまた、あったのだ。
その後にしたことは、父性とは最も遠い原始的なものであったが。

ともあれ、霊夢は○○を手にした。
○○は霊夢に捕まった。
それ以来、○○は霊夢の愛情を、恋慕を、執着を全て請け負ってきた。
手にしたタオルで霊夢の体を拭いていくと、彼女は薄く微笑んでそれを味わう。
風呂、という○○を手にした場所は彼女にとって特別らしく、絶対に一人では入らない。
お互いの体を清めることも含め、なにか余人の入る余地のない神聖(プライベート)なものとして認識しているのは明らかだった。
最早若々しいとは言えぬ年齢の、衰え始めた○○の体。その肌を清めるのは例え○○本人ですら霊夢は許さない。
「ダメよ」と、がっしと○○の手を掴んだ様子は断固として譲らない意思で結晶と化しており、是非を問うことすら憚られるほどに頑としていた。
普段、霊夢は○○といるときは今までを取り戻す勢いで甘えんぼうで、素直すぎるくらい素直で聞き分けも良い。
しかし、危うい程に気を許しすぎていると、○○は恐れてもいた。

霊夢の執着。
それを甘く見ていた……そんな積もりはまったくなかったが、結果としてそうとしか言えない事件がかつてあった。
それは冬の冷え込みも極まり、吹雪で荒れる夜の事だった。
外来人の一人が遭難した、というのだ。
名を聞けば、それは○○とほぼ同時期にこの異郷へと迷い混んだ、同期……というのもおかしな話だが苦楽を一時共にした男だった。
苦楽を、といっても辛いことの方が圧倒的に多かったが……ともあれ、親友といって差し支えない男だった。
○○はざんばと湯船から飛び出すと、霊夢を残し大急ぎ身支度を整えると、濡れ髪も構わず外へと走り出た。
外は横殴りの雪が僅かに落ち着き、いくばか視界も開けていた。
好機。しかし、それがそう長く続かない短い天祐であるのは明らかだった。
猶予はない。
外来人同士のネットワークは小さいが結束は固い。
郷の人間は特段悪人でも、排他的でもないが、慣れ故の諦めも鮮やかであることもある。
元より、外来人とはそもそも妖怪の…………であるから、余計にそうなのかもしれない。

声を枯らしての決死の捜索は、その範囲を迷いの竹林へと拡げるため藤原妹紅へと助力を乞う時点で終着した。
藤原妹紅宅には、ぐったりと気を失った遭難者と、それを裸で温める彼女の姿があったのだった。
それを見た○○は、深い安堵をつき、膝から門戸の土間に崩れ落ちた。
力なく抱かれるままにしている男だが、安らかな寝息を雪に音を吸われるなかでも確認できる。
まずもって助かったと見て間違いないだろう。
しかし、有り難いのはこの藤原妹紅。
幻想郷の女子はあらぶった性格をしたものも少なくないが、こと異性に関しては非常に一途で身持ちも固い。
そんな気質の年頃の少女が、誰とも知れぬ男をこうして身をもって助けるとは余程のものでも出来ることではない。
○○は深く頭を下げ、なんども礼を述べた。
それを妹紅は優しい声で「もう大丈夫」と、○○の方を見ずに胸の中の男へと繰り返し繰り返し伝え、囁いていた。
生死をさ迷った恐ろしさから悪夢を見ているのだろう。男は唸ったがそれすら包むようにより深く妹紅は胸に抱き締めると、小さな炎の翼をはためかせた。
神々しい姿であった。
結局、○○は親友を妹紅に任せることにした。
それが一番いいことのように思えたのだ。
妹紅は、ついぞ○○を見ることはなかったが。

帰路についた○○の胸は友が死なずにすんだ安堵と、妹紅の献身への感動が満たしていた。
雪の夜の探索という重労働に、思考も平坦になり、考えることを半ば放棄していた。
端的に言えば疲れていたのだ。くたくたに。
だからか、神社へとついてその名を呼ぶまですっかり忘れていたのだ。
霊夢のことを。

名を呼ぶ……というよりは絶叫だった。

「霊夢ッ!!」

と、悲しみとも、驚きとも、絶望とも、それら全てを混ぜ合わせた怒りとも言えるものが混然となり、声は裏返り、○○の声帯は探索でのそれも合わせてか酷いものに成り果てていた。
何故こんな
どうして自分は
霊夢は何れ程

「………○……○」

神社の境内。
その真ん中で、一糸纏わず雪にまみれた、もはや生き物とは思えぬ物体と化した霊夢が出した声はあまりにもか細く、死をまざまざと予感させる音色だった。
半狂乱の最中、死そのものを連想させる雪を払い、はっとなった○○はさらに慌てて霊夢を抱き母屋へとかけ上がった。
先程の妹紅を思いだし、○○は裸になると冷えきった霊夢を抱き締めた。
毎晩の親しんだ柔肌と同じものとは思えぬほど、それは肌というより皮であった。
冷えきった、なにかの皮であった。

「……いて、たく、て…………○○に、私を、清めて、貰いたかったの……すこし、でも早く」

どうしてこんな!と泣きながら霊夢の体を抱き締め、肩や背を擦る○○に霊夢は途切れ途切れにそう答えた。
どうしてと叫びながらも、○○は問いたかった訳ではない。
ただ、爆ぜて粉になりそうな心が吐き出した吠え声てなしかなかった。
だが、霊夢は思ったのだろう。
○○が聞いてるなら答えなきゃ……と。
それが○○にも分かった。
○○は叫んだ。
叫んで、力は霊夢の体を。
心は霊夢の靈を。
全身全霊が霊夢を求めて慟哭した。

「……やっ……たぁ……」

その叫びに掻き消され、霊夢の力ない声は届かなかった。
ただ、声がしたことだけは分かったらしく、○○はその生きている証しに更に熱く猛った。


「ふふっどうしたんですか?」

と、霊夢の。現在の霊夢の声が○○を回想の中から引き上げた。
水滴を全て拭き終えた霊夢はしっとりとした肌を○○に押し付けて、鳩尾におでこを捩じ込むように押し付けていた。
その肌の温もりは内側より脈打つ熱を全身に走らせ、若い生の力に満ちていた。
「いや、その」と、○○は煮え切らない返事をしたが、それはどうでもいいらしく、霊夢は貴方も抱いてとばかりに○○の腕をとり自らの腰へと導いた。
左手で肩を、右手で腰を掴み、体を密着させると「んんぅ…っんんーんっ」と、満足げに霊夢は鳴き声をあげた。

「らいすきぃ…だいすきぃっ」

うわ言のようにそう繰り返し囁くと、霊夢背伸びをして唇以外に接吻を降らせる。
まるで、靈そのものへと刻むように、それは○○の体と心へ呪いめいて剥がれないものとなって残った。

「ねぇ、○○さん。私のこと、私の、ん、こと、ちゅ、はぁ……髪、触って下さい…」

まだ乾ききらない黒髪は手触りよく絶妙の弾力で○○の指を楽しませ、絡み付いた。

「あぁ…言って下さい……あの時のように、心から、体全部で、私を!」

あの時、とはあの夜のこと、霊夢を喪うと怖れたあの時に他ならない。
あの直後、八雲紫が「借りを返しに」来なければ……いや、それは無いのか。ずっと観ているのだろうから。
と、考えたところで霊夢はいよいよ唇を吸ってきた。
もぐもぐと唇で唇を食むようにして、息継ぎの合間に「ダメ」「私を」「満(み)て下さい」と余所見を咎めてくる。
勿論、こうなる経緯がどうあれ、最早霊夢と離ればなれになることなど出来ないのは○○も同じ。
保護者を気取っていたが、○○自身霊夢のいない暮らしなど考えられない。
自らが何らかの事態で……それこそ事故などで死に別れてしまったとき、この子がどうなるか心配していたが、はっと○○は答えに行き着いた。
死ぬのだろうな。
と。
そうなってほしくない、もしできるなら、先に旅立つことがあったら新しい幸せを探して欲しいと思っていた。
本当にそう思っていたのだ。偽善ではなく。心から。
しかし、かわった。
いや、わかったのか。
己が死ぬとき、また霊夢にも共に死んで欲しい。
ともに黄泉津平坂を歩んで欲しい。と。

「うれしい! うれしいです!」

何も言っていないのに、霊夢は何かを感じたらしく酷く感激して○○を押し倒した。

「私たち、ずっと一緒です。ずっと! ずっと!!」

○○は霊夢を求めるところを素直に露にして行動に移すと、嬉し泣きする霊夢を深く甘く鳴かせることを始めた。
勿論、霊夢はそうなることが分かっていたのだから、進んで○○を手繰り寄せた。

霊夢もまた、○○の居ない生も死も興味がないのだから。
○○の思うよりずっと。










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最終更新:2019年02月09日 19:04