「おーんおんおんおん」
朝帰って来たら何かうぜぇのがいた。
こっちは自警団の夜勤明けで気が立っているのだが、泣いている童女を放置していくのも気分が悪い。
いや、童女とは限らない。
幻想郷の童女は見た目だけロリで実年齢三桁越えなんてこともある。
そして、そこまで来て思い出した。
幻想郷縁起で見た……たしか伊吹萃香とかいう鬼だ。
威厳もへったくれもないが、粗雑な対応をすればどんな返し方をされるか分かったものではない。
仕方ないので家に上げておくとするか。

「いやぁ、こんな日に鬼を内に入れるなんて変わった人間だねぇ?」
「外来人からすれば鬼よりDQNとかの方が怖いよ」
連中が幻想郷に現れないことを願おう。
「どきゅん……新手の妖怪かな?」
鬼だの何だの言いながら結構大人しいものだ。
大酒飲みだと聞くが酒は自前でどうにかするし、ツマミに作った下手くそな野菜炒めも美味い美味いとべた褒めである。
そもそも豆をぶつけられた程度で泣いてるのだから恐怖など湧きやしない。
「このお礼はきっと返すよ」
そろそろ夜勤の仮眠から24時間経つというところで鬼は帰っていった。
駄目、死ぬ、寝る、絶対、朝まで……

「おいーっす、○○!」
「どこの芸人だ、お前は」
あれから萃香とは時々飲むような仲になっている。
どうやら神社の宴会で騒ぎ過ぎたということで乗り込んでくるのだが、独り身なので飲みに付き合う相手がいるのは悪くないものだ。
「いやぁ、静かに飲むのも悪くはないね」
それを神社でやれてたなら追い出されなかっただろうに。
俺は既にいい歳であり、相手も見た目が童女なので飲み友達というよりは娘がいる様な気分だ。
俺もいい加減身を固めるか、と思ったのだがコミュ障故に固まる未来が想像つかない。
恐らくこのまま独り身でしんみりと朽ちていくのだろう……そう思っていた。

人生の転機とは意外な所に転がっているものだ。
そろそろロートルの部類に入りそうな俺に見合いの話が来たのだ。
どうやら相手方も自分と似たようなタチであるために嫁ぎ先が無かったらしい。
決して美人という訳ではないが悪く言えば根暗、良く言えば淑やかな性格で好感が持てた。
「そんな顔して、どうしたんだい?」
「ああ、これからはお前さんと飲む機会も少なくなるからな」

泣かれた、怒鳴られた、暴れられた。
何が癪に障ったのか、萃香の荒れ具合は酷かった。
いや、鬼の怪力で家を壊さないのだから抑えているのだろう。
子供のころに分かっていたものが大人になって分からなくなるというのはよくある話だが、この爆発の理由は全く想像がつかない。
結局、この日は寒空の戸板をぶち破って宴の席は幕を閉じた。
せんべい布団を重ねただけで耐えられるか不安である。

昨夜に泣いた小鬼が今夜は笑う。
流石に昨日はやり過ぎたと反省していたようで、上物の酒を持参したとのことだ。
生憎の味音痴だが鬼の言う上物なら俺でも分かるような味だろう。
まずは一口と杯を傾けるが、確かに上物である。
まるで清水のように喉を軽やかに通り抜けるのだが、後には爽やかな香りが残っている。
本当に美味い酒がこういうものかは分からないが、俺にとっては逸品の酒だ。
いつもなら自制がかかるのだが、この酒に対しては全く利きそうにない。
二杯、三杯、四杯、五杯、ろっぱ……ない?

「悪いね、流石に品切れだよ」
やれやれ、といった顔で首を振る萃香。
待ってくれ、そいつは困る、俺はもっと飲みたいのだ。
そう、せがむと萃香は仕方ないといった顔をする。
「ついておいでよ、とっておきの場所で飲むからさ」
流石、持つべきものは友人だ。
俺は萃香に手を引かれて宴の場所へと向かった。


人里で神隠しが起きた。
神隠しという字面は正確ではないのだが、とにかく事件が起きたのだ。
だが、それで騒ぐ者はいなかった。
人里に近い鴉天狗すら新聞のネタにしなかった。
知っていたのだ、この事件の主犯が誰であるかを。
変に飛び火したら、どんな大火事になるか分かったものではないからだ。
最終更新:2016年03月29日 20:56