「あなた、今晩の食事はどうしますか。」
そう言って書記官に尋ねたのは、是非曲直庁で裁判官をつとめる四季映姫である。
役所の中でも比較的静かな三階の第325番控室-余談であるが、夫であり部下である書記官と同じ個室である-
にて書類作成をしながら、彼女は夫に話しかけていた。

書記官の仕事は、裁判官の補佐である。しかし四季には小町という部下がついており、
それにも関わらず四季は、書記官の方が部屋にいて頼みやすいなどと理由を付け、専ら仕事を彼にさせていた。
もともと四季が上司としての権限を使い、彼を専属の部下として同じ部屋に配置させたのだから、
結局のところ書記官を手元に置いておきたかっただけである。しかも部屋から一歩も出ないで済むような、
報告書のような書類ばかりやらせ、他の部署との打ち合わせといった、他人と関わるような仕事には、
ほぼ必ず自分も同席するのであるから、公平を旨とする彼女においては、珍しいことであるといえよう。

夕食として庁内の出前を部屋まで運ばせて食べた後、彼女は仕事を切り上げ夫と共に帰宅することとした。
二人は曲直庁の職員に支給される住宅街の家ではなく、人気が無い一際辺鄙な(古き良き田舎の幻想郷でも!)場所に家を構えている。
この場所にする時に夫は、不便ではないかと難色を示していたものの、彼女は持ち前の頑固さと理屈屋を発揮して、
無理に押し切った覚えがあった。たしか、自然が豊かであるとか、業が少なくとてもいい場であるとか、はては信じてもいない風水まで持ち出して
説き伏せたように記憶している。そんな不便な所であるので、通勤には四季が飛んでいく必要がある。
本来は手でも握っていればよいものの、それではもしもの時に危ないなどど言って、しっかりとコアラのように抱きしめて
-随分大きな子供であるが-飛ぶようにしている。流石にお姫様だっこをすることは断られたが、今の飛び方でも
周囲に十分に見せつけているため、取り敢えずは良しとしている。勿論四季に、もしものことなんで出来るような人物は
いない訳であり、抱きしめるよりも結界なんぞを張った方が、風を防ぐことが出来てよっぽど良いことは、周囲の皆が知っている。
知らぬは旦那ばかりなり、を地でゆく状況に、面倒臭がり屋と見せかけて、案外面倒見が良い部下などは、
書記官に忠告しようとするのであるが、数回真顔で睨みつけてやると、諦めてサボタージュにてレジスタンスを行うようになった。
四季としては、ますます書記官を拘束することができ、好都合であるのであえて放置している次第である。

休日には夫婦は大抵家に居る。買い物は最近流行りとなった、天狗の飛脚便を使うことで、日曜品は賄うことができる。
歩いて行くことは、日帰りでは到底出来ぬ距離であることから、出かけるときは四季だけか、夫婦二人で
出かけることとなる。夫はたまには一人で息抜きがしたいようであるが、足が無いのではどうすることも出来ず、
二人で人里に行くこととなる。
 一度は飛脚便の天狗に頼んで、こっそり外出していたことがあったが、
鏡で夫がいないことに気づいた四季が、押っ取り刀で追いつき周囲の目も憚らずに詰問すると、
二度は無くなったようである。なにせこちらは閻魔大王であるので、たとえ相手が本当は
四季へのプレゼントを買いに出かけたとしても、
 「本当は厭らしい店に行くのではないか。」「私が居ながらにして、何ということなのか。」
とでっち上げ、挙げ句に道にいる客引きに押しつけられた、下世話な紙切れを証拠として突きつければ、
道行く人は此方に理があると勝手に思い込むのであった。

 二人の寝室にはベットが二つある。勿論夫妻一人に一つづつあるものであるが、就寝の際には専ら
四季は夫の床に潜り込んでいる。しかも彼を強く抱きしめて眠るものであるから、口さがない死神が見れば、
四季の方のベットは全くの無駄じゃないかと、批評の一つでもするであろう。
 しかし此方の方にも使い方があって、彼女が不機嫌になったとき、夫が他の女と親しくしていたり、
あまつさえは贈り物でも貰った日には、顔を背けて其方で眠ることで、強く怒っていることをアッピールするのであった。
 ところが夫がいざ、それを気にも止めずに、何日も過ごすに至った日にあっては、
補給を絶たれた兵隊のように、幽鬼じみた蒼白な顔をして夫の掛け布団の下で、
あなたは酷いだの、私を愛して欲しいだの、御免なさいだのと、普段の仕事の顔からは想像も出来ないような、
感情の高ぶった声で夫を求めるのであった。-存外これはこれで、案配が取れているのかも知れない。

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最終更新:2016年03月29日 21:15