師匠に用事があったので、彼女を探して部屋に入った。
見つからなかった。もしかしたら、と思い、危険だから入るなと言われている奥の部屋の戸を開けてみると
そこにいたのは○○、1ヶ月前に外の世界に帰ったと聞かされていた人間。
私は、見てしまった。

○○が永遠亭に・・・幻想郷に来たのが半年くらい前だろうか。
気づかぬうちに幻想郷に迷い込んでしまったという外の世界の人間、
たまたま竹林で迷っていたのを拾ってきたのは、誰でもないこの私、鈴仙・優曇華院・イナバだった。
永遠亭は(ただの気まぐれで)彼を受け入れたし、彼もまた、よろこんで私達を受け入れてくれた。
彼はただの人間で、特別なものは何も持ち合わせていない。そのかわりにあるのは
やさしさと、心強さと、ちょっぴりの好奇心だった。
彼はとてもいい青年だった。姫様の相手をし、師匠の言うことも聞くし、
私が力仕事をお願いしても嫌な顔せずに引き受けてくれる、そんな人間だった。
そして彼は素直で頼りになる。いつしか彼は私達の家族同然になった。
事実私も彼を慕っていたし、兄のように感じていた。(年齢はずっと下なのにな・・)
彼に、異性として惹かれたのは言うまでもない。
それは、師匠にとっても同じだった。

      • 永遠亭のトップは、事実上は師匠、八意永琳だ。
基本的に姫は自分から動かない。その姫を支え、因幡に支持を出し
「永遠亭」を形作っている、それが師匠だ。
もしかしたら実力でも姫を上回っているかもしれない。師匠は強い。
そんな師匠の前にいきなり出てきた○○。彼は師匠を気遣い、自ら永遠亭の力になってくれた。
師匠は・・・なんというか、その、ときめいてしまったんだろう。

師匠は○○を呼び出して、告白した。
普段の冷静さが微塵も見られない、落ち着かない様子で、
ただ顔を赤らめて○○に想いを伝えたのだそうだ。
月で大昔から薬学や姫の周りの世話をしてきた師匠にとっては始めての恋だったのかもしれない。
ただ、ただ一人の女性として想いを伝えたのだった。
だが、○○は受け入れなかった。
○○ははじめ喜んだそうなのだが、その後悲しい顔をして断ったのだそうだ。
「ごめんなさい」
「自分は永遠亭の皆に恩がある」
「誰か一人と特別な関係を持つことはできない」
「皆とのいい関係がこじれてしまうのが怖い」
「今のままの関係で、これまでどおりに過ごして生きたい」
      • などなど。師匠は○○が去った後も現実を受け入れられない、と言った表情で佇んでいたのだそうだ。
(全部てゐから聞いた話。私は当初、生意気に「出し抜かれた・・・」としか思っていなかったが。)

その後、すぐだったかな。○○が私達に挨拶をせずに外の世界に帰ったと聞かされたのは。
師匠にだけ挨拶をして、静かに出て行ったのだそうだ。私達を悲しませたくなかったのだと聞いた。
だけど、すごく悲しかったな。ちゃんとお別れくらい言いたかった。
○○はもともと外の世界の人間だったから、元いた場所に帰らなくちゃいけない。
それは正しい事なのに、私は信じたくなかった。
今でも、私の心の中には○○が住んでいて、何かの拍子に出てきて
「おはよう」と朝の挨拶をしてくれるんじゃないかとずっと思っていた。
きっと、みんな同じだったと思う
てゐも、姫様も、そして師匠も。

師匠は一人の女性としてとても悲しんだだろう。その気持ちはわかる・・・
だが何が彼女をこうさせてしまったのだろうか。
今、私の目の前では一糸纏わぬ姿の○○が、椅子に縛り付けられている。
私は嫌な興奮を感じていたが、それを押さえつけ冷静になることができていた。恐怖で、だ。
○○の眼と口は何かで縫われている。脚と胴は椅子に固定されていて、
自由を求める手が、何かをつかむようにして、私の方に伸びてきた。
うめくような声で何かを言っている。よく聞こえないが、名前を呼んでいるみたいだ。師匠の・・・
怖い、怖い、怖い。
なんで、私はこんな状況に置かれているのだろう。それすらわからなかった。
昔、家族同然に生活してきた人間が、師匠の部屋に監禁されていた・・・?
身体が芯から震える。これは、嫌だ・・・
事実を受け入れたくなかった。受け入れようとすると吐き気がした。
私は、立って居られなかった。

きっと、師匠は○○のことがあきらめきれなかったのだろう。
一ヶ月前、○○を呼び出し、一杯盛った、薬を使ったのだろう。
人を殺す薬と死なせない薬・・・蓬莱の薬の応用だろうか。
そして身体の自由を奪い、視界を奪い、人に見つからないように、部屋に閉じ込めた。
      • 師匠は、○○が「欲しかった」んだ。○○をモノとして自分のものにしたかったんだ。
なんておぞましいことだろう。人として愛するかどうかなんて問題じゃなかったんだ。
そこまでして○○を手中に収めたかったんだ。師匠は・・・
歪んだ薬師の愛情。私には理解できなかった。
今の○○はまるで・・・植物じゃないか。口を塞がれて自分で食事をすることはできないだろう。
注射なり点滴なりで栄養を送れるのは師匠しかいない。
結果的に、師匠は○○を自分に依存させた、のだ。
師匠は○○を鉢に植えた一輪の向日葵のように世話し、育てたかったとでも言うのだろうか。
私には信じられない。信じたくもない。

そこまで考えた時、私の身体はいきなり宙を舞い、
部屋の壁に叩きつけられた。いきなりのことで私はとても驚いたし、とても痛かった。
痛みを抑えながら眼を開けると、そこには師匠が。
○○の顔に手を回し、唇を押し付け、身体を預け・・・
○○に愛を語っていた。素直な変わり映えの無い愛の言葉だったが、何度も何度も。○○に塗り重ねるように。
その師匠の行動は異常だったが、それと同時に何故か美しく、そして楽しそうで・・・
私はそれが気持ち悪く、そして怖かった。
○○が手を伸ばすと、師匠もその手をとって握り締めた。師匠はとても嬉しそうで
頬を赤くし、彼の行動に答えているようだった。私がいることなんて関係ないかのようだった。

私は助けを呼んだ。てゐを、姫様を。あるいは因幡でも誰でもいい、助けて欲しかった。
自分では動けなかった。動き出せなかった。とにかく大声を出した。
無意識のうちに師匠の名を呼びそうになった。強くて、美しくて頼れる私の師匠。
今は愛に狂い、崩れ落ちてしまっている。
私の目から涙が流れた。

助けは来なかった。師匠は私の首筋に注射突き立てると
ためらわずに中身を注入し、注射器を投げ捨てた。
私は邪魔者だ。「見てしまった」から消されるのだろうか。
薄れていく私の目に入ったのは、やはり師匠と○○。
苦しかった。









えーりんに狂おしいほど愛されたい 終

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最終更新:2010年08月27日 10:24