探偵助手さとり
大都市より電車で10分、ホームに降りる時間も含めると、実質中心地より7分強、
不動産屋ならば、「大都市まで徒歩圏内!!」とチラシに大仰に書くであろう、
商業ビルのワンフロアに、その興信所は所在していた。
そこに居るのは、所長と助手の2名のみ。興信所においても小規模なその事務所は
専ら、チラシを見て時折来る客と、インターネットを見て極希に来る客という、
-要はあまり繁盛していないのであるが-二種類の客種によって成り立っていた。
探偵といえば、普通の人々が想像するのは、シャーロック・ホームズであったり、
エルキュール・ポワロであったりと、押しも押されぬ名探偵であるのだが、そういう
安楽椅子に座って居るだけで事件が勝手に飛び込んできたり、ややもすれば旅先で
必ず殺人事件に巻き込まれる、死神とも揶揄されるような人種であろう。
しかしこの2人は、人数こそ探偵と助手でぴったりであるが、第一性別が若干1名
(人間ではないのだが)異なっている。しかも扱う事件は浮気調査や家出人調査といった、
警察の管轄外の事件ばかりであり、とてもではないが名探偵にはなりそうもなかった。
そんなある日に訪れたのは、一人の客であった。見るからに不安げな女性である。
身につけている服は割かし上等のように思えたので、すわ夫の浮気調査かと所長は身構え、
先手必勝とばかりに、奥様浮気調査ですねと声を掛けようとするが、背後からすっと冷たい空気が漂い、
「所長お客様です。行方不明者の調査ですよね。」
と助手のソプラノの声が響く。一瞬図星を突かれて言葉に詰まった女性に、畳みかけるように声が続く。
「当社に来るお客様は大抵、浮気か行方不明の調査でして、お客様の様子からしますと、
恐らくお子さんの調査ではないかと、所長が申しておりまして。」
そして無言の肯定を示し、此方を見つめる女性に対して所長は、
「ようこそ古明知探偵事務所へ。」
と冷や汗を掻きながらも、勿体ぶって席へと案内するのであった。
女性の話を小一時間ばかり聞いた後、見つかったら直ぐに連絡を入れることを
念押しして、依頼者は帰っていった。相手をしていた助手からすれば、開始5秒で
分かるようなことを、わざわざ長時間相手することは、非効率極まりないことであったが、
愛の巣(!)たる二人の探偵事務所の為には、仕方がないとして相手をすることとしている。
そして苦痛を埋め合わせるようかの勢いで、彼女は調査として、所長の腕を組み出かけるのであった。
元来調査とは、足で稼ぐものである。今回のように学生の娘が行方知れずならば、近辺の
警察署へ行方不明者の調査に行ったり、友人の家に聞き込みをするのが通例であろうが、
彼女の場合適当に、繁華街をうろつくのみである。二人揃って仲良く歩いていれば、
道行く人にはデートとは見えても、まさか探偵とは思いもよらないであろう。
しかし人ではない彼女にとってはこれが一番であり、歩いて10分で彼女は隣の所長に小声で囁く。
「所長、あの人が犯人です。」
推理編をすっ飛ばしていきなり解決編となった、いつもながらの調査に、彼は同じく小声で聞き返す。
「犯人ってことは、誘拐?」
「いいえ、死体遺棄です。もっと近くに寄れば、殺人かどうかも断定出来ますが。」
まあ、場所は分かりましたが。と付け足し、エヘンと子供のように誇らしげな、褒めて欲しそうなその姿に、
彼は犯人を撮影するよりも、警察に通報するよりも先に、彼女を褒めておく。
「すごいよさとり、流石だね。」
これは彼がバカ(ップル)であることだけではなく、彼女の機嫌の為にも大変重要なことである。
もし仮にもここで、
「何処に死体があるの?」
なんてパンピーちっくに尋ねた日には、
彼女は彼を物陰に連れ込んで、熱い思いを込めてキスでもするであろう。
他の女(の死体)の方が私よりも大事なのか。とか、私がもう要らないのか、とか諸々の嫉妬を込めて。
普通の女性ならば言葉にしなければ、直接には伝わらないのであるが、彼女はさとりであり、
他人の精神を操ることすら簡単である。そして気持ちを直接脳内に伝えることは、朝飯前のことである。
酷い時には、そんなに他の女が良いなら、見せて上げましょうと、犯人の記憶に残っている、
死体の映像を臨場感を増幅して叩きつけ、
「ほら、これでも!これでも他の女が良いの!グチャグチャに腐っているけどね!」
と所長にトラウマを植え付けるに至った時には、彼は失神して二、三日はベットから起き上がれなくなった。
一方彼女は彼を看病して、彼は私が居ないと駄目なんだ、と文屋も顔負けの脅迫とマッチポンプを行って、
自己満足に浸るのであるから、大人しい人程何とやら…ということであろう。
一先ず彼女の機嫌を取った後には、ご満悦になり益々やる気に彼女の能力をフル活用し、
犯人の尾行と死体の確認を行った。どちらも只の民間人には難しいことであるが、心が読める彼女ならば容易である。
自宅に行きたいのならば、無意識の思考回路を読んで先回りをすれば良いし、死体の場所が知りたいのならば、
トラウマを読み取り、そこをスコップで掘り起こせば良い。
後は警察に身元不明の遺体を見つけたと通報し、犯人の顔そっくりに描いた似顔の男が、
ここを彷徨いていたと付け足せば、犯人はいずれ逮捕となる。そして、数日おいて依頼者に残念ですがと報告すれば、
当座のお金以上の報酬と、次の依頼者に繋がる評判を得ることができ、まずまずの成果となるのであった。
最終更新:2016年03月29日 21:30