探偵助手さとり第2話
先日の事件以降、探偵事務所は暫くの間暇であり、
二人もこの休暇を満喫していた。
しかしそんな平日の長閑な昼下がりに、助手が
ふと立ち上がり、探偵が座る椅子と入り口の間に立つと、
数秒後に男が荒々しくドアを開けて入ってきた。
人相は悪く、服装も派手で有る。なにか荒んだ雰囲気を
醸し出すこの男は、一見普通の依頼を持ってきた。
「おい、あんたらにうちの連れを捜して貰いたいんや。」
探偵事務所に必要なものは、やはり信用である。誰かを見つけて貰いたいならば、
料金が払えることも必須だが、それは必要条件であって、それだけで十分とは
いかないものである。、単にそれだけならば、何もこんな地味な興信所に頼まなくとも、
他の大手ならば大都市だけあって、携帯で捜せば直ぐに見つかるものである。
しかしそれにも関わらず、此方に依頼をするのならば、
この男には、何か隠されていると思われた。
「つまり、家出した奥さんを捜して欲しいと。」
男の怒りが混じった話を整理すると、この一行に集約された。
「そうや、警察がいつまでたってもあかんから、他の探偵にも頼んだんやけど、
何奴も此奴も雁首揃えて、見つかりませんでしたとぬかしよるんやで!」
男は興奮しやすい質なのか、自分の言葉で興奮していた。探偵は剣幕に押されて
引き気味に答える。
「此方としても、やってみないことには、どうとにも…。」
すると男は凄むように難癖をつける。
「おい、こっちは客やぞ、なにグチャグチャ言うとんねん!お前らなめとんのか!」
男が探偵に掴みかからんと立ち上がると、それまで黙っていた助手が声を出す。
「お客様、他の探偵事務所が何故駄目だったのか、お教えしましょう。」
「おい、何女が口突っ込んでんねん。お前も注意せんかい!」
男は乱入にも怯まず突っ返すと、助手は顔色を変えずに続ける。
「お客様が家庭内暴力、いわゆるDVの加害者である場合には、探偵としても、
DVで逃げた奥様の居場所をお伝えすることは出来ません。他の探偵事務所も、
調査の結果、そう判断したのでしょう。」
すると男は図星を突かれたように一瞬顔をしかめたため、探偵にもその男が
都合の悪いことを伏せ、依頼をしようとしたと分かった。
しかし男も流石は屑だけあって、今度は助手にいちゃもんをつける。
「お前聞いてたら、何やねん。人の事を犯罪者呼ばわりしよって、なんや
この会社は人様を、犯罪者呼ばわりするんかいな!」
普通に調査した場合ならば、絶対に自分のことを調べる時間は無かったと、
ならば適当に吹かしているだけだと、男は確信を持って声を張り上げる。
これを切っ掛けにして、無理にでも居場所を突き止めさせてやろう思い、男は
探偵に掴みかかろうと手を伸ばす。すると今まで一メートルは離れていたはずの
助手が、男の手を掴んでいた。仰天した男が助手の顔を見ると、助手は低い声で
こう告げる。
「お帰り下さい。」
たった一言であったが、男の数多くの罵詈雑言よりも、遙かに凄みがあったように
探偵には感じられた。ふっと顔面が蒼白になった男は、捨て台詞すら残さずに、
そのままあっさりと、帰って行った。
その後助手が入り口に、「只今外出中」の札を掛け、ついでに鍵も掛けると、
取り敢えず探偵は助手を抱きしめて、ありがとう助かったよと告げる。
すると満面の笑顔になった助手が、得意げに言った。
「もう、○○さんは私が居ないと駄目なんですから。さっきも私が居ないと、大変だったでしょう?」
男は相槌を打ちながら、事務椅子にさとりを抱きかかえながら座ると、
(ここで来客用ソファーに座ってはいけない。「あんな不愉快な男の座ったものなんて、
消してしまいましょう。」なんて言い出す可能性が150パーセントである。
因みに100パーセントの確率でソファーを壊そうと試み、更に50パーセントの確率で、
壊れたソファーを弾幕で塵に変えようとする。)さとりは探偵にのし掛り、更に言葉を機関銃のように続ける。
「あんな女を殴るような屑なんか、とっとと死んじゃえば良いんだわ。しかも○○さんを殴ろうとしていたし、
脅していうこと聞かせりゃーとか思っちゃって、ほんとあいつ要らないよね。」
「イエス」か「はい」しか返答の自由がないこの一方的な問いかけに、男が誤魔化すために
さとりが無事で良かったと言いながら抱きしめると、
彼女はますますヒートアップしてこう続ける。
「うれしい、こんなに思ってくれてるなんて、私も○○さんのこと、愛してるから。」
恥ずかそうに言いながら、自分にの体に顔を擦りつける彼女を見て探偵は、
そういえば此奴は、俺しかいないとこんな感じだなと思いながら、頭を撫でる。
うふふと声を漏らすさとりが、ぽつりと付け加えるように言った。
「あ、そういえばあいつ、吸血鬼の餌にしとくように言っといたから。」
探偵は、吸血鬼って何だよとか、誰に言ったんだよとか思ったが、そのままさとりは
彼の口を塞いでしまう。いつの間にか服から出ていた第三の目はまるで、
教えないと言っているようであった。
最終更新:2016年03月29日 21:42