探偵助手さとり第3話


 古明地探偵事務所には、偶に浮気調査が舞い込んでくる。
極々普通の依頼ならば、助手のさとりが調査を行っているので、
大抵は探偵は、所長として置物になっているか、男性が調査結果を
話さないと納得しない、頑固者の相手をすることになっている。
 本日の依頼主は若目の男性。やつれて体に合わなくなったスーツの下に、
皺が寄ったカッターシャツを着ていることから、調査の為に自由に動かせるお金が無く、
比較的安い料金を設定しているこの事務所に、一縷の望みを掛けて来たと思われた。
 いつもは迷推理を探偵が披露する前に、客を案内して無情にも発言の機会を潰してしまう助手が、
口を全く開かないのを横目で観察しながら、蕩々と適当な自説を開陳する。すると
男が泣きながら縋り付いてくるのを見て、ようやく今回助手が動かなかった訳を理解する。
-即ち、妻の浮気によって、女性不信になっていたのであった-

 探偵は綺麗な女性なら兎も角、なんで男に縋りつかれにゃならんと、うんざりしつつ、
男をソファー(三代目)に座らせるが、傍らの助手の唇が、わずかに痙攣したように動いた
のを見て、自分の失敗を自覚する。焦った探偵は依頼者の話をそっちのけにしながら、
思いついた可能性の中で最も可能性の高かった、
「勿論僕はさとりしか、愛していないよ。」
とアニメか小説の主人公しか、似合わないであろう台詞を心で唱えると、助手の唇が
にんまりとつり上がるのを横目で見ながら、正解を選んだと胸をなで下ろす。しかし直後に助手の唇から、
チロリと赤い舌の先が見え、探偵は大正解を選んでしまったと理解してしまった。
-今夜はお楽しみですね-というやつである。
 取り敢えず、依頼者の話を八割方聞いていなかった探偵は、上機嫌になった助手に
委細全てを任せておくのであった。

 さて依頼の中身は、浮気調査の確認である。本来ならば、最低一週間は掛けて調査する依頼で
あるが、依頼者が憔悴していた事もあり、助手は最短で今日の夜に、途中経過を報告すると告げていた。
 とっととこの依頼を片づけて、探偵に愛の言葉を囁いて貰おうと考えていたかどうかは、
無論彼女のみぞ知ることである。
 依頼者との話が終わった時には、昼前になっていた。午後は会社に行くと言っていた依頼者と別れ、
探偵と助手は対象の家に行き、自宅にいた妻の浮気が本当である事を確認する。
さっさと依頼を片付けたい彼女は、対象の深層心理に働きかけて、対象を浮気相手との逢瀬に誘導する。
苦い顔をした探偵に、
「遅かれ早かれしていたんだから、良いでしょう。」
とは、人間としての慎みや遠慮といった物をを所持していない、妖怪の弁であった。
 一方探偵の方は依頼者に対して、今夜現場を押さえることを勧めていた。いくら何でも早すぎるだろう
と訝しがる依頼者を相手に、偶然望遠鏡で奥さんのメールを撮影できましたと、何とも苦しい言い訳で押し通し、
どうにかこうにか夜の予定を空けて貰らうことができたのであった。

 夜になるといよいよ決戦の舞台である。半信半疑の依頼者を、宿泊施設の駐車場で対象者の車を見せて
納得させ、今二人はどうしているだのと、小芝居を打ちながら半時間ほど待たせると、二人と一緒に居る
依頼者も、俄然闘志が漲ってくる。丁度依頼者の気持ちが最高潮になる時分を見計らい、ロミオとジュリエットを
出入り口まで誘導すれば、後はポラロイドカメラのフラッシュを焚いて、開戦のゴングを鳴らすだけである。
 最初は威勢の良かった二人であるが、探偵事務所に御同行を願って、出来たてホヤホヤの証拠を突きつける頃には、
男は意気消沈してしまう。中々抵抗していた女の方も、業を煮やしたさとりが少々トラウマを弄くって、子供の頃に
感じた妖しへの恐怖を与えれば、二人仲良く撃沈となるのであった。

 今回の三人が帰った後で、男は片付けをする振りに勤しむ。なにせ背後から、上機嫌になっていたさとりが
鼻歌を歌いながら、近づいてくるのである。
「ねぇ、○○さんたらホント可愛いんだから、もう、愛しているだなんて。もう!もう!ほんと今日は頑張ったんだから、ね?」
と、背後と脳内のステレオ再生で声が聞こえてくるの聞き、男はさとりの方を向いて迎えいれた。
この愛に染まっていく自分も、異常に成りつつあるのかも知れないと、麻痺した理性で考えながら。

ちなみに蛇足ながら、それは正解である。しかし今晩彼女の愛によって、そう思った記憶ごと塗りつぶされるのであるが。

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最終更新:2016年03月29日 21:43