永琳女史の診察カルテ


 永琳は竹林の永遠亭の薬師であるが、人里の医者よりも遙かに
高度な技術を持っており、病人を診察することもある。もっとも、
迷いの竹林によって永遠亭は隠されている為、人里の半獣が紹介し
焼き鳥屋が連れて来るような場合に、限られているのであるが。
 そんな彼女のカルテには、様々な症例が記載されているが、
中には幻想郷のみに存在する、紛らわしい症例もあるのであった。

 ケース1 幻覚及び幻聴に類似した症状を訴える場合

 本日来院した患者は、人里の医者では治らなかったと、慧音からの
紹介状を持参してきた。其れによると、患者は最近何やら違和感を感じるようになり、
次第に何やら変な音が、耳元で四六時中聞こえるようになったとの事であった。
その内に音が、頭に入り込む様な不快感を感じるようになり、人里の医者に掛かったが
全く改善しなかったと記されていた。
 まず永琳は専門的な検査の前に、因幡達に河童製の機械を使い、患者の体を診察するように
指示を出した。次に優曇華により狂気の瞳による、精神スペクトラム検査を実施し、
最後に永琳自らが問診を行う事とした。

 無事検査が終了し、永琳の手元に検査結果が届くと予想通りの結果が並んでおり、
永琳はこれならば三分で診断が終わると早速男の問診を始めるのであった。
 因みに結果は次の二点である。①身体的な異常は見当たらず。②スペクトラム
検査において、猜疑心及び恐怖感を発生させるも、患者の脈拍数、呼吸数において変化無し。
心理的な変化も発生せず。

 「検査の結果、貴方の体については、異常は見られませんでした。」
白衣を着た永琳の言葉に、男はほっとした表情を見せるも、しかし何やら声は聞こえるんですと
訴える。男の訴えを聞きながら永琳は、次の言葉に男に気づかれないように力を込める。
「ただし、若干神経が疲れているようですので、お薬をお出しします。週に一回
此方の医院の因幡がお宅に伺いますので、注射を受けて下さい。
早ければ、一ヶ月か二ヶ月で良くなるでしょう。」
そう言って側に居る因幡に男を任せると、さっさと診察を終了してしまう。
首を傾げるようにしている男を追い出すと、永琳はてゐに追加の指示を出す。
「さっきの患者、統合失調症だから、毎週ケラックス450-1を注射しておいて。
家に行っても見当たらなかったら、村長に掛け合っても捜すように言っといて。」


 先ほどの男が訴えた声や違和感は、精神に不調をきたしたことによる幻聴や幻覚が原因であったが、
同じ日に訪れたもう一人の男は、少々訳が異なっていた。
 次の男は村の相談役からの紹介であった。今回の男は経過を記した物が無かったので、
最初に永琳自らが問診を行い、その結果てゐによる身体検査と、優曇華によるスペクトラム検査を実施し、
最後にまた確定診断を行う事とした。
 今度の患者も最初の男とよく似た症状を訴えていたが、検査結果は明らかに異なる物であり、
最初の問診の際に感じた違和感の正体が、はっきりと示されていた。
 結果は次の通りである。①身体的な異常は見当たらず。②スペクトラム検査における、恐怖心の
発生において、患者の精神状態の強い悪化を確認。 ③身体検査技師の意見として、Mammmaliaによる
痕跡と見られる因子を確認。
 今回の患者は前の患者と異なり、三分でとはいかないようであった。

 天才と呼ばれる永琳にしては珍しく、たっぷり十分は熟考した後、男の確定診断を実施した。
「いつ頃から声が聞こえますか?」
 「先週の水曜から、一週間近くになります。」
「声はいつも同じ声ですか?」
 「はい、いつも同じ女性の声です。」
「同じ事を言っています?」
 「ええ、段々声は強くなっていますが、いつも同じ事を言っています。」
この時点で男が統合失調症である可能性が極めて低くなり、別の可能性が高くなる。
次にてゐの所見にある、背中に付いていた因子を触診し、種類の特定を試みる。
「ここ、痛みますか?」
 「うーん、そう言われてみれば、すこし変な感じですね。」
男に残る因子の痕跡は薄く、質も悪い為、痕跡を残した種類の特定は出来なかった。


 そうして永琳は診断を下す。
「貴方、何か妖怪に近づいた?」
男は驚いて狼狽えるように答える。
「いえいえそんな、全く身に覚えがないです。」
断固として言った男に、永琳は残酷な結論を聞かせていく。
「貴方、匿ってくれる人とか、頼りになりそうな人とかいる?」
「いいえ、特には。一体僕は何の病気なのですか?」
男にとっては要領を得ない質問をする永琳に、直球で質問をぶつけると正面から返球が帰ってきた。
「あなた、質の悪い動物妖怪に狙われているから、このままだと酷い目に遭うわよ。多分三日か四日以内。」
「そんな…。何とかならないんですか?!」
「頼る人が居ないんならどうにもならないわね。誰か有名処に勤めている人は知ってないの?」
「ええと、そういえは、紅魔館で門番をしている人が、
しきりに一緒に館に勤めないかって誘ってくれたことが…。」
-ちゃっかり妖怪に接しているじゃないか-と男の言葉を聞いた永琳は思ったが、
直ぐに紅魔館ならば戦力が整っており、紅美鈴が男に目印を付けたにしては、痕跡が薄すぎると判断し、
この足で紅魔館に向かうように男に指示をした。男は家に財産を残してきたと渋っていたが、
ならば黙って、浚われるか食われるかしててしまえという趣旨のことを、丁寧かつ冷静に説得すると、
男は素直に同意した。
 三日後の文々新聞に、紅魔館に侵入しようとしたた妖怪が、全身を砕かれ消滅した記事を見て、
以前診察した男を思い出す。妖怪である事をを隠してまで、男に近づきたかった恋を成就させて
あげたのだから、きっと歳暮でも届くだろうと思いつつ。

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最終更新:2016年03月29日 21:49