金は愛より重いのか



 金は命より重い-半獣が教える寺小屋の授業では、決して教えぬその言葉が、
巷では時代の寵児のように、持て囃されていると男は感じていた。
外の世界の友人を金のトラブルで無くし、幻想郷に迷い込んだ男にとっては、
この世界でもまた金が物を言う世界のように思われた。

 権力者に取り入る為には賄賂を送り、やれ病気に掛かったといっては、医者に
大枚を払い、挙げ句金が通用しない妖怪さえも、巫女の札を買い占めてタコ殴りに
した日には、人が金を使うのではなく金が生きて良い人を選び取っている、何か
おぞましいもののように見えた。

 男には外来人の友人がおり、幾人かは人里離れた場所での開墾を行っていた。
重労働であり妖怪に襲われる危険はあるが、食い繋ぐ分は得られるからである。
その日男は友人と畑を耕していたが、野良妖怪に襲われ危うく大怪我を負う所であった。
 逃げ遅れた友人の一人なんかは、二度と走れないようになってしまっていたから、
彼なんかは幸運であったと、考えるべきなのであろう。

 しかし男も、友人を生贄に捧げて助かったような心持ちがしたのであり、
他の無事だった奴らと幾ばくかの金子を贈ることとした。当然男には手持ちなんぞ
無いのであり、足りない分は人里に居る金貸し屋から調達することとした。
借りた金はやや大きいが、利息はまま安かった事もあり、男は節約をして借金を
返済していく積もりであった。

 しかしながら不運は重なるものであり、時折の大雨で山の麓の土砂が崩れ、
彼の開墾していた畑にも流れ込んでしまった。畑自体は石や土を取り除けば
使えるようになるが、育てていた作物はほぼ全て駄目になっており、途端に
男の家計は苦しくなってしまったのである。
 半年はしないと金が入らなくなった男は、人里に出稼ぎをすることとした。
かなり切り詰めた生活となっていたが、畑にもう一度作物が実れば、多少は
ましになるであろうと、増えた借金を必死に返していた。

 三ヶ月ばかり男は出稼ぎと農業を行い、このままいけば金を返す目途が立ちそうだと
考えていた頃、積み重なった疲労の所為か男は現場で大怪我を負ってしまった。
永遠亭の薬師に言わせれば不幸中の幸いとして、足の骨が折れただけであり、一ヶ月
もすれば尾を引くことも無く、綺麗に治るであろうということであったが、男の
家計簿の中身については、綺麗に真っ赤になってしまっていた。
 
 彼が折れた足でどうにか家まで帰り着くと、男の家の薄い立て戸に、大きな穴が開いていた。
すわ妖怪の襲撃かと、道中に身を守れるように薬師に貰った札を抱え、家の中に入るが妖怪の姿は
見られない。妖怪は食べ物を漁って帰っていったようであり、鉢合わせしなかった事に
男は胸を撫で下ろすが、しかし男の家の周りは人気が無いこともあり、
味を占めた妖怪がまた襲ってくれば、術なんぞ全く使えない男には、
為す術もないように思えたのであった。

 食べ物が無くなっていたが、然りとて買いに行く気力が残っていなかった男は、
取り敢えず寝ようと布団を敷くが、そこに金貸し屋がやって来た。 怪我を負った男に
見舞いの言葉を掛けると共に、差し入れを置いていったため、外界の厳めしい借金取り
の印象があった男には、何やら薄気味が悪い位の姿勢であった。

 翌日になると、今度は代わりに貸し金屋の小間物使いの女がやって来て、男の家に米を
置いていくと共に、いい人がいて、あんたの借金を肩代わりしても良いと言っていると
話を持ちかけてきた。よくよく話を聞いてみると、男の教養を見込んだという、某金満家の
一人娘の婿養子として入ってはどうかと、体の良い身売りであったため、男はまたしても、
金で人を操っている様に感じ大層気分を悪くしたものの、借金が有る身としては、
大人しく話を聞いているしかないのであった。

 男が気分を害した様子を見て、金を貸している側である女はいやに取り繕う様な、
寧ろ媚びるような姿であったが、男が頑として話に乗らない事が分かると、また来るとして
帰っていった。男は二度と来るなと言いたかったが、買い物に行くこともままならない
身とあっては、女が置いていった食料で食いつなぐしかなく、腹立たしい気分が残っていた。

 その後も農業を何とか続けていた男の元には、何度も小間使いが来ることとなった。
その度毎に見合いの話を進めて来るので、男は初めは鬱陶しく思っていたが、その内慣れて
きた事もあり、小間使いに餌付けされたようになっていた。

 そんな中遂に小間使いから、男の借金を払うか、それとも婿になるかを
突きつけられる事となった。当然借金が払えない男にとっては、逃亡するか
売られるかの選択しかない。その時には既に小間使いと深い仲になっていた男は、
彼女に立つ瀬が無いと感じてるのであるが、小間使いに-ここで貴方に逃げられると
私は首を括らなければなりません-と言われると、非情に成りきれないのであった。


 婿入りの日になると、いつもの小間使いと共に大勢の人がやって来る。男が籠に
入れられ金持ちの家に着くと、小間使いはそそくさと奥に引っ込んでしまい、周りが
身知らぬ顔ばかりになった男は、急に居心地が悪くなった気がして、ここまで彼女に
頼っていたかと思った。
 -旦那様どうぞ-と慣れた小間使いの声が聞こえると、男はそそくさと襖を開けて
娘と会う為に部屋に入る。しかし部屋には着飾った娘しかおらず、男は娘の顔を見るよりも
先に、目で小間使いを追ってしまう。其れを見た娘は普通ならば、何という奴だと
腹をたてるであろうが、彼女は笑みを浮かべていつもの声音でこう告げた。
「そんなに思ってくれていたなんて、嬉しいねぇ、旦那様。」

 娘が小間使いに変装していた事に気づいた男は、娘に何故そんなことをしたのか
と尋ねると、涼しい顔で、-金が愛より重いなんて、認められないって閨で
言って居たじゃないか。-と混ぜ返す。
 しかし彼女は、小間使いに変装していたことは明かしても、男が自分を拒み続けた時には、
借金の形にして無理にでもと思っていたことや、そもそも長年生きた化け狸でもないと、
布団の中で肌を重ねても分からない程、別人になる事など叶わないという事は、
マミゾウは明かす積もりは微塵もないのであった。

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最終更新:2016年03月29日 21:52