永琳女史の診察カルテ第2話
意識が消失し、ショック状態が疑われる場合


 とある冬間の小春日の昼間、永琳の診断も一段落付いた頃。
日差しが丁度、うたた寝を誘うように差し込んできており、
彼女は椅子に座り目を閉じていた。何も無い平和な昼間。
比較的忙しい毎日の中、彼女が少し眠っていたとしても、
何も問題はないであろう。
 死にそうな急患でも来ない限りは。


 永琳のうたた寝を破ったのは、優曇華がたてた乱暴にドアを
開ける音であった。優曇華は乱暴に開けたドアを閉めずに、
永琳に向かって軍隊の伝令が叫ぶように伝える。
「師匠、妹紅が突っ込んできます!白色の照明弾幕を打ち出して
いますので、急患のようです!既にてゐが中庭で待機しています!」
乱暴に眠りから覚まされた永琳は、それでも穏やかな声で話す。
「今向かうから、後から貴方も付いてきて。後、姫にも待機して貰うように
内線で伝えておいて。」
 ここに来る殆どの患者は里の重鎮より紹介を受け、妹紅の案内によって
連れてこられる。時折白黒の魔法使いなんかは、上空から降りてくる時が
あるのだが、その時はいつも、戦場に急降下爆撃が降り注ぐ様に、とても有り難くない
何かを持ってくるのであった。今回の弾幕は緊急を意味していることから、直ぐに
診察を行うべき患者が到着する事を示していた。

 診療所にて永琳は優曇華と共に診断を行う。患者はショック状態であり、意識が
無く昏睡していた。普段なら行う因幡の身体検査は後回しにして、
男の状態を観察する。男の状態は次の通りであった。
①男の体より、強い妖力を発している。②男は妖怪では無く、里に居る人間であると
妹紅が証言。③妖力は鼠の妖怪のものと推定される。
 永琳の直感では、男の体に妖力が入った事により、ショック状態を引き起こして
いる物と思われた。しかし身体的な原因を排除するため、妹紅への問診といくつかの
検査を行う事とした。
「いつ倒れたの?」
 「一時間前。殴られたとか、ぶつけたとかはない。」
「何か食べたとか分かる?」
 「人里の茶屋で食事して、暫くしたら気分が悪いと言ってぶっ倒れたらしい。」
外傷及び、毒物の可能性を低く見積もる。特にアルコールと食中毒は除外できるだろう。
「気分が悪いのはいつからか分かる?」
 「今朝から気分が悪かったらしい。」 
「体を丸めたりは?」
 「全く無し。意識を急に無くしてそれっきり。」
けいれんや筋肉の硬直も引き起こされていない。

 次に血液を採取し、優曇華に分析をさせつつ、にとり特性のスキャンにかけ
血液の流れを調査する。手元の画面には、患者の毛細血管に至るまで、循環器系
の状態がリアルタイムで表されるが、all cleanの文字が表示されている。

 さてここまで来ると、鼠の妖力が原因だと本格的に考えたくなる。
この場合、重要なのは「誰が」「何の為に」という二点。
妖力が強い事と有名な事は比例するし、妖力の種類は感覚的に分かる。
そして強い力を持つ者は限定されているため、今回の場合のように、強い妖力が
残されている場合には、簡単に個人の特定が可能となる。
 次に妖力が内部より発生していれば内因的であり、この場合何かをしたいが
為に存在していることが多い。一方外因的に残されている場合は、呪いの
ような特殊な物を除けば、何かをした痕跡として残されている場合が多くなる。
 つまり、内的ならば原因として作用するし、外的ならば結果として存在する。
今回は強い鼠の力が、内部に強く残っていることから、命蓮寺の賢将が何かをしたくて、
妖力を残したものと考えられる。しかし単に取って食べる目印にしては強すぎるし、
毒にしては遅効性すぎる。大体殺したいならば、妖力なんて不安定な真似をせずとも、
殺鼠剤(!)でも食物に混ぜれば良いし、極端に言えば丸かじりすれば良い。配下も使えば
骨も残らずというやつである。
 とするとあまり例が無いが、妖力を摂取させたか、本人が気づかず摂取してしまったか
という事となる。外界の探偵が緋色の研究でもしない限りは、人間にとって毒であるものを
無理に体内に入れさせる確率は低いため、本人が気づかず摂取した方に軍配を上げる
べきであろう。かの妖怪の性格を合わせた結果、考えられるのは何通りか-
しかし次に起こりうる結果は一つである。


 「てゐは、文屋に彼の交際相手の情報を提供してもらって。優曇華は妹紅を会議室に案内しておいて。
命蓮寺の連中が、そのうち来るでしょうから。」
 数刻後妹紅が遅い昼飯だけでなく、お八つまで食べて待ちくたびれた頃に、
命蓮寺の寅と子のコンビがやって来た。腹心の優曇華が二人を部屋に案内し、永琳は最後に入室する。
ここから始まるのは、世にも醜い物語。

 「いやあ、彼が倒れたと聞いて、慌てて駆けつけて来たんだよ。」
まずはナズーリンが口火を切りつつ、観測気球を打ち上げる。
「何せ恋人としては、心配で堪らなくってねぇ。ここで治療を受けたと聞いて
安心したよ。」
 永琳は、妖力が注がれた理由として、言葉の裏に示された好意による行為が、原因であると判断した。
そして本題に切り込む前に周囲を確認しておく。妹紅は唇の端を釣り上げており、面白がっている
ようである。一方の寅丸は真面目腐った顔を崩そうとはしない。つまる所、男の方は大丈夫である。
ならば、最初に確かめるのは女の方。
「彼を命蓮寺で修行させるの?」
「ええ、まあ、そうなるだろうねぇ。」
相変わらずの間合いをずらした口調である。しかし言っている内容には、真剣で切りつけるような剣呑さがある。
妹紅の方も確認する。
「里の方は?」
「まあ、慧音なら本人が良いと言えば文句は言わないんじゃない?」

 ここが永琳にとっての山場である。即ち人間としての男を生かすのか、殺すのか。
もしここで彼を引き渡せば、恐らく彼は妖怪になるのであろう。
もしここで彼を引き渡さなければ、恐れるは命蓮寺との全面対決が生じる事となる。
男が所属していた里は、今は中立を宣言している。

 そして永琳は決断を下し、柔らかな笑顔で告げる。
「そう、なら目が覚めたら話し合うと良いわ。」
天狗の調査報告が二人は恋人としていた以上、深入りした彼を切り捨てる方が得策。
血も涙も無い悪魔的な決断であるが、彼女は宗教画の聖女のような笑みを浮かべていた。
マキャベリがいつか幻想郷入りすれば絶賛するであろう、姿を示しながら。
永琳の言葉を受けて、ナズーリンはホッとしたように声を出す。
「いやぁ、有り難い。そうさせて頂くよ。彼の治療費は此方が負担しよう。」

 永琳は永遠亭にてNo.2である。No.1である輝夜があまり
出てこない以上、永琳が事実上色々決めることも多い。時には黒い事案も。
今回のような表沙汰には出来ない裏には、永遠亭側は輝夜の忠臣が対応する。
そして里側も、守護者の親友である妹紅が「勝手に」話を付ける。そして命蓮寺も、
毘沙門天の使いが同行することを黙認することで、寺の意思を伝えている。
彼女らの裏取引はカルテには残らない。

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最終更新:2016年03月29日 21:55