逆に考えるんだ
「ヤンデレられちゃってもいいさ」と
考えるんだ

でかいお屋敷に閉じ込められていた俺に、現在の状況と外の世界で読んだ漫画の台詞を合わせたそんな言葉がふと浮かぶ。
逆転の発想というか、もはやそんな事くらいしか思いつかないくらい俺には為す術が無かった。
しかし考えてみよう。
屋敷に閉じ込められるのは確かにちょっと…いや、まあまあ…けっこう嫌ではあるけれど、それ以外だとどうだろうか。
俺をここに軟禁している阿求ちゃんは少し幼いがかなり可愛くもう少しすれば間違いなく美人になるだろうし、その偏愛は裏返せば極限的に一途だとも言える。
ずっと反抗的な俺に対しても献身的でいるし、頭は良い、料理も上手い、人里での地位が高い、その他諸々。
よく考えたら、なんで俺なんかを好いてくれているのか分からないくらいハイスペックな大和撫子だ。
難があるとすれば、俺が阿求ちゃん以外の女性と関わる事を死ぬほど嫌がる事と(それが原因で女性の使用人が揖斐られていると知って心底心が痛んだ)、俺が身につけた衣服や使った日用品をコソコソと集めてる事と(匂いを嗅ぐならまだしも舐められるのは正直怖い)、使用人に事あるごとに阿求ちゃんは良い女アピールをさせてくる事と(アピールポイントが尽きてきたのか最近は使用人も困ったようにしている)…その他諸々。
いや、まあ、これは妥協でき…できたらいいなあ。
…ごほん。うん、それを除けば、可愛い彼女が出来て、日雇いの命を削る仕事をしなくてよくなって、逆玉の輿だったりして。
もともと外の世界に帰りたいと思わない俺にはかなり良い条件かもしれない。
あとは、阿求ちゃんが何を思っているのかを聞かないといけないな。
と、そこまで考えた時に部屋の外から声が掛かった。

「○○さん。私です。入ってもいいでしょうか?」

「ああ、阿求ちゃんか。いいぞ、入ってくれ」

ここ数ヶ月散々聞いた声だから間違えようがない。
失礼しますという声と共に襖が開かれると、やはりそこには俺を悩ませる少女がいて、俺の前まで来ると綺麗な所作でちょこんと正座をした。
しかし、阿求ちゃんは何かを言うわけでもなくただニコニコしながら俺を眺めるだけである。
いつものことだ。
あまり話し掛けると俺が鬱陶しがる事を学んで、しかし俺としばらく会ってないと調子が出ないとかでたまに来ては楽しそうに俺を眺めていく。
普段なら居心地の悪い空間だが今日に限ってはむしろ都合が良かった。

「なあ、阿求ちゃんよ」

「ひゃ、ひゃい!?」

俺から話し掛けられるとは思っていなかったのか、阿求ちゃんは心底驚いたようにこちらを見た。

「例えばなんだけど、俺が阿求ちゃんの想いに応えて恋人になろうと言ったらどうなるんだ?」

「え…え!?そ、そうなったらですね!すぐにでも祝言を挙げてですね?私達は夫婦になって、その…それは仲の良い夫婦になるのですよ!あ、子供は二人が良いです!」

阿求ちゃんは俺の例え話に清々しい程の慌てっぷりで過程をすっ飛ばした未来を語る。
その必死さが少し微笑ましくもあるが多分阿求ちゃんは本気であり、実際俺が下手なことを言うとすぐにでもそうなる気がする。
子供のいる未来を想像しているあたり、他所の重い愛を持つ女達よりもずっと平和な家庭を思い描いているのが救いだろう。
しかし、俺が聞きたいのはそういう話ではないのである。

「あー、まあ、例えばそうなったとしてだな、俺の待遇はどうなるんだ?家の外には出られるのか?仕事はどうなる?」

そこまで言うと俺が聞かんとしている事を理解したのか、若干残念そうにしながら落ち着きを取り戻したように語り始める。

「えー…こほん。ええと、そうですね、○○さんが私の事を愛してくださるのでしたら外出されるのもやぶさかではありませんよ。もちろん、本音を言えばずーっと私の傍に居て欲しいですが夫婦とは信頼が大事ですからね。あ、如何わしいお店や美人な看板娘なんていうのが居るお店は嫌です。駄目とは言えませんがすっごく嫌です。あと、お仕事の方ですが、私の事を撫で撫でして私のやる気維持を…いえ、いえ。冗談ですよ。そうですね、言ってくだされば御用意はしますが…私はお勧めしませんよ。定期的に○○さんに会えないと私の精神が持ちません…あ、でも、お仕事から帰って来られた○○さんを労るというのも悪くない…」

最後の方はまたもや妄想の世界に入っていたが、つまりは俺の待遇は改善されるらしい。
そうとわかると、なんだか急にどっと疲れた。
俺は今まで何と戦っていたのだろう。
元より阿求ちゃんの事は嫌いじゃなかったし、この子とならなんだかんだやっていけそうな気はする。
だとすると、最後に聞くことは決まってるとして、あとは何か聞いておくことはあっただろうかと思案し、ふと一つの事が思いつく。

「そういえば、阿求ちゃんって俺なんかのどこをそんなに気に入ったわけ?」

すると、阿求ちゃんは険しい表情を作る。

「…まず、自分の事を『 なんか』だなんて言わないで下さい!…すみません、私ったら…ええと、そうですね、始めに○○さんに興味を引かれたのは、貴方程気安い人がいなかった、というものがあります。私はこんな生まれですから、対等に話してくれる方は稀なんですよ。異性だと、貴方が初めてかもしれません。あとは、そうですね、話していてとても楽しいと思いました。私の詰まらない話を楽しそうに聞いて下さるのがとても嬉しいと思いました。私を叱咤して下さった事をとても有難く感じました。他にも語り切れない程たくさんの事がありますが、私は、○○さんと一緒にいる時が、一番落ち着けて、同時に最も気分が高揚するんです。恋というものを本当の意味で知ることが出来たんです。だから…私は他の誰でもない、貴方の事が大好きなんです」

告白された。
いや、よく考えると質問からして告白しろと言っているようなものだったのだが、それでも嘘偽りのない少女の気持ちに顔が赤くなるのを感じる。
なんというか、素直に嬉しかった。
愛おしささえ感じた。
だからこそ引っかかる…最初から聞こうと思っていた最後の質問だ。


「嬉しいよ、ありがとう…けど、じゃあ、どうして俺をここに閉じ込めたんだ?」

俺の言葉に阿求ちゃんの表情が曇る。

「…それは、本当に申し訳なく思っています。ですが、私にはこうする他なかったんです!貴方はその気安さから外来人であるにも関わらず里の人達からも好かれていて、綺麗な女性とも仲良く話したりして…でも、私はそんな方達より綺麗じゃないし、子供だし、話せる事だってただ知識をひけらかすだけだし…他の人に取られてしまうんじゃないかって、怖かったんです…」

「そうだったのか」

先程とは打って変わって阿求ちゃんは涙を浮かべて心情を吐露する。
聞いてしまえばどうという事はない。
自分への自信のなさと独占欲、焦りなんかが重なった事による行動らしかった。
強い愛情を持つ女が男を手元に置きたがる理由なんて、少し考えたらわかりそうなものだったが、軟禁というものを人道から外れた行為だとただ否定して拒絶しかしなかった事が悔やまれる。
もう少し阿求ちゃんの事を見てやれば良かった。
まあ、今となっては全てがわかったのだからこれからやり直せば良いのだと前向きに考えることにする。
ならばもう心は決まっているのだし早く安心させてやろう。

「仕方ないな。今後はそういうのは無しにしてくれよ?」

「…え?」

涙が溢れ頬を濡らした阿求ちゃんが顔を上げる。
目は真っ赤に充血していたし、鼻水も垂れていて可愛い顔が台無しだ。

「ええと、つまりだな。阿求ちゃん程の熱烈な愛とは言えないかもしれないけど、今日話を聞いて、少し考えてみて、阿求ちゃんと一緒に居たいと思ったんだ。だからもし、それでも良かったら末永くよろしく頼む」

真っ直ぐ阿求ちゃんの目を見てそう言い切る。
拒否されないだろうとわかっていても一生を左右する告白の緊張感は凄いもので、口は渇き心臓の動きは過去最高かもしれない程だ。
そんな俺のいまいち締まらない告白を受けた阿求ちゃんはしばらく呆然としていたが、言葉の意味を理解してきたのか、涙は溢れ口を手で覆い小刻みに震えだした。
しかし、当然といえば当然なのだが、俺の阿求ちゃんからすれば突然の心変わりを信じることが出来ないのか、怯えのようなものも含んだ瞳でこちらを見てくる。
なので、安心させるように腕を広げ微笑み、出来るだけ優しい声色でこう言ってやる。

「おいで、阿求」

すると、堪えきれなくなったように阿求が飛びついてきた。

「ごめんなさい!○○さんごめんなさい!好きになってしまって!こんな事になってしまって!酷い事いっぱいしてしまって!けど、好きです!大好きです!」

後は嗚咽が混じりもはや言葉になっていなかった。

しばらくして、ふと、部屋の外から複数の気配を感じそちらを見てみると、襖の隙間から使用人達が嬉しそうにこちらを覗いていた。
そういえば、阿求はけっこう声を荒らげていたなと他人事のように思う。
そう考えると後で使用人に色々と説明したり、今後の事を阿求と話し合わないといけないのである。
前者はともかく、後者はけっこうきっちりと決めないと後々揉める事になりそうだと予感する。
まあ、しかし、その時の事はその時考えれば良いかと、俺は思考を放棄して俺の腕の中にいる愛しい少女をより強く抱きしめ頭を撫でるのである。
最終更新:2016年03月29日 22:02