探偵助手さとり5
彼が彼女と行動してから、暫く経つが、彼女が人でない存在であっても、
彼はその他の超常現象、所謂幽霊とかお化けといった存在を
目撃することが殆ど無い。妖怪同士、何か引き合う物がないかと
彼女にいつか尋ねたことがあったが、彼女は全く無いと断言していた。
では今彼に依頼されているものは、一体何であろうか?
依頼者の話を聞いていた彼は、助手の彼女に心の中で問いかける。
もし、これが幽霊とかそっちの方面だったら、濃いめの珈琲を
お替りとして持ってきてくれないかと。
探偵に何とか信じて貰おうと、必死の素振りで訴えかける
依頼者を落ち着かせるために二杯目の珈琲を勧め、自分もカップを傾けると、
探偵は色の付いた白湯を味わうこととなった。彼は彼女の太鼓判を受けて
依頼を引き受ける事としたが、しかし、その場合でもそれ
なりに、-いや、かえって問題が有る-と彼が認識するのは、
依頼を引き受けて前金を受け取った後の事であった。
今回の依頼は、心霊現象を祓って欲しいという物であった。
本来ならばそれは僧侶や神主の出番であり、探偵の出る幕は
精々が、一緒に心霊スポットに行った友人Aとか、肝試しの途中で幽霊に
捕まった友人Bとか、そういった類いの出番であり、断じて
浮気調査用の興信所はお呼びではないのであるが、残念ながら
古明地探偵事務所は千客万来には九千九百飛んで九程足りず、
今回の依頼を引き受けることとした。
出発前に彼は探偵の七つ道具の一つ、薄型カメラをポケットに
滑り込ませ、はて今回は何が必要かと考える。幽霊に塩は効くので
あろうか?それとも最近インターネットで話題の、ファブリーズの
方が良いのであろうか?左手に塩、右手にスプレーボトルと、何とも
奇妙な格好で固まりながら、彼は数分考えるのであるが、
やがて助手の着替え終わった姿を見て、両方を置いて出かけるのであった。
ちなみに、探偵が右かを選ぶと、幽霊が彼女よりも脅威であり、
彼女を信頼してしていないというように考え不機嫌になるし、
左を選ぶと、幽霊は関わっていないと言った彼女を信頼していない
という事で、へそを曲げるので注意が必要である。要は自分が居れば
十分であると、言外に主張しているのであるが。
肝試しに行った翌日から、何やら部屋の周りでうめき声が聞こえたり、
人魂が窓の外を漂ったり、風呂場に何やら女の長い黒髪が落ちていたりと、
心霊現象が積もり重なり、依頼人の精神に酷く堪えたようである。
探偵は依頼者の部屋を見回りながら、シャーロックホームズの弟子のように
ルーペで彼方此方を観察したり、埃を摘まんで手のひらで分解をしていた。
素人が見れば、幽霊の気配がないかを探るが如く、懸命に働いているようで
あったが、実際の所は探偵は其れらしく振る舞っているのみであり、
肝心要の調査は助手だのみであった。
彼が心の中で、さとりに何か見つかったかと尋ねると、
彼女は風呂場に落ちていた、髪を持って来て探偵に献上する。
「所長の仰っていた通りに、女の髪は鋏で切った跡がありました。」
との彼女の言葉に、探偵はさも自分が推理していたように、
「そうか。」
と短く答えるのであった。長く喋るとボロがでると理解しているのは、
彼の数少ない進歩かもしれない。
現場での調査を終え探偵は、当日肝試しに同行した友人達に話を聞くこととした。
彼の友人達に肝試しの話を聞いた後、さとりはわざわざ友人達から、依頼者の
元彼女の連絡先を聞いていた。その行動に勘が働いた彼は、友人達と
別れた後で、早速さとりに話しかけた。
「ええ、次に行く元カノが犯人です。」
あっさりと犯人を突き止めた彼女に、幽霊の仕業だと半分程度は信じていた
彼は驚きを示す。-信じていなかったの?-と言わんばかりの目が向けられた
ため、足下で踏みつけてしまった地雷を不発にすべく、彼は彼女の腰に
腕を回して抱き寄せることとした。
鋭い眼差しから一転して、緩んだ顔をした彼女と共に、探偵は元交際相手との
待ち合わせ場所の喫茶店に赴く。二人が喫茶店に入った瞬間に、彼女の顔が仕事用の
キリリとした顔つきに変わり、探偵は彼女のやる気が十分であることを確認した。
-これならば彼女が全て片づけるだろう-と考える辺り、彼も中々の根性であるが、
隣の女にすれば、あばたもえくぼなのであろう。
さとりは目の前の女性に、依頼者の周囲で心霊現象が起きたことを
話し、依頼者が貴方を振ったことが原因でないかと問いかける。
相手の女性は、幽霊なんぞに興味は無いと撥ね除けるが、続くさとりの
言葉で目を見張った。
「依頼者との間にお子さんがいらしましたよね?名前は××。」
数秒考えて、元カノは動揺を見せぬよう短く答える。
「それが何か?」
「お子さんのことを依頼者が謝罪されれば、心霊現象が止む気がしまして。」
バレるはずが無い、生まれてこなかった子の名前を暴かれて、彼女は何処かで
名前が漏れなかったかを必死に思い出そうとするが、一向に思い出せない。
なにせ共犯者の依頼者の友人達にすら、名前までは言っていないのだから。
頭隠して尻隠さずの諺の通り、顔の強張りは押さえつけられても、組む足を
頻りに変える彼女に、さとりは言葉を続けていく。
「これ以上心霊現象が続くならば、此方としても警察に被害届を出そうかと。
内々で相談しましたら、最近物騒なのでパトロールを増やして頂けると。」
素人集団ではプロの目をかいくぐることなぞ、まず不可能。そう考えた元交際者
は、さとりの提案を受け入れることとした。
喫茶店のテーブルにて涙を貯める彼女に対して、帰り際さとりは言葉を掛ける。
「そういえば彼、他にも謝られるようですよ。」
彼との思い出が蘇っていた女性にナイフを付き刺し、さとりはそのままドアを
開けて出て行く。ゴミはゴミ箱へ、死者は墓場へ、さとりの優しさのように
探偵には感じられた。
所で、ミシェル・フーコーは哲学者であるが、彼は監獄のシステムについて
言及している。即ち看守が、薄暗い監視棟の中から鉄格子の中の囚人を監視すると、
囚人側からは看守が檻を見ているかどうか判断できず、常に看守に見られていると
思うようになると。パノプティコンと呼ばれるこの仕組みは今も随所に生きている。
監獄は元より、学校、会社、そしてさとりの他称婚約者である、どこかの探偵にも。
最終更新:2016年03月29日 22:04