手の中の時計を見て、焦燥感がより大きいものになる。
唯でさえ今回の取材まで漕ぎ着けるのに、渋る彼女に何度も頼み込んだのだ。
遅刻などすれば即刻拒否されてしまうだろう。
それだけはどうしても避けたい。
いよいよ間に合わなくなるという時間になったのを確認したので、私は考えるのを止め、負担を考えず妖力を全身に漲らせて全力で目的地まで翔ぶ事にした。



「記者が取材相手を待たせるとは随分とまあ…」

結局、時間に間に合いはしたが先に待ち合わせ場所で待機していた同僚に嫌味を言われる事になった。
久しぶりの全力飛行で体のあちこちが悲鳴を上げる中何度も謝罪をしていると、同僚…犬走椛の恋人である今回の取材相手、○○さんが私と彼女の間に割って入った。

「まあまあ椛、時間には間に合っているんだからそんなに怒るなって」

「…○○さんがそういうなら」

○○さんの言葉により、椛は渋々と引き下がる。
とりあえず今回の取材が取り消されることは無くなったとわかり安堵する。
その後謝罪もそこそこに手帳とペンを手にして取材を始める事になったが、○○さんは実に丁寧に受け答えをしてくれ、スムーズに取材を進めることができた。
そして、馴れ初めや仲を深める過程といった定番の事は聞き出せたので、タイミングを伺って最も知りたい部分に踏み入る。

「ずばり、椛の愛を受け入れる決定打になったことはなんでしょうか!?」

自分で言うのもどうかと思うが、幻想郷において妖怪などの力を持つ女性はかなり強い愛情を持っている。
特に、妖怪の女と人間の男という組み合わせはその価値観の違いからトラブルが発生しやすい。
椛も○○さんに対して異様と言える執着を見せており、けっこう危ない事もやってしまったりと、私は絶対に上手くいかないと思っていた。
ところが、この椛と○○さんのカップルは何の問題もなくゴールインしたのだ。
今回粘りに粘って取材に漕ぎ着けたのも、その秘訣を知りたかった為である。
そんな私の問いに、○○さんはイイ笑顔でこう答えた。

「そりゃあ、乳だな」

場が凍った。

乳、乳房、胸、おっぱい。
確かに、男性というものは女性の胸が好きであるが。
そして、椛もまた胸の大きい娘であるが。
ちらりと椛の方を見ると、彼女は顔を真っ赤にして両腕で胸を庇っていた。
その表情は驚愕といったもので、つまり椛も今の今まで知らなかったのだろう。合掌。

「えーと、乳、ですか?」

「そうだ。椛の乳は俺の理想そのものだったんだよ。大きさ、形、感度、俺はこの乳に会えた奇跡に神を見た」

とんだ奇跡もあったものである。
しかし、○○さんはふざけている様子もないので本気なのだろう。
実際、男を縛るには肉欲に働きかけるのは効果的だと言えるので、これというセックスシンボルがあるのは強みかもしれない。

「じゃあ、椛と同じ乳を持つ女性に迫られたらどうします?」

「いや、そりゃあ椛の乳は完璧だが、俺は椛のふわふわの耳と尻尾も好きだし、ぱっちりとした目も好きだし、朝がちょっと弱くてふにゃふにゃしてるのも好きだし、椛の全てを好きなわけで、乳だけ完璧な女性がいても、知らない人だとなあ」

「あっはい」

例え話をしたら惚気られていた。
ポルなんとか状態である、なんか腹立つ。
しかしまあ、乳の話で混乱はしたがなんとなく考えは纏まってきた。
もう少し詰める事ができれば記事にもなるだろう。

「○○さんって、少し前にしばらく椛の家に監禁されてたと思うんですが、嫌じゃなかったんですか?」

先程述べた椛の取った危ない行動、である。
これを強行するとだいたい拗れる。
私が上手くいかないと思った所以だ。

「嫌だったな」

「それで、なんで恋人でいられるんですか?」

「まあ、その時色々話し合ったし」

「その時に約束事とか作ったり?」

「ああ、したした」

予想通り。
つまりは、そういう事である。
結局の所、ガチガチに相手を縛りつけようとするから反発が起こるのだ。
しっかりお互いを知って、考えを共有し落とし所を作れば最悪の事態にはそうそうならない。
さらに○○さんでいう乳など、男の好みを踏襲しておけば安泰といったところか。
まあ、それを実践できるかどうかはその男女の気質次第なわけで、最終的には運にはなるだろうが。

手帳に今までの要点を纏めていき、最後の一文字を書き終えると目の前でいちゃついていたカップルに向き直る。

「○○さん、椛、今日はありがとうございました」

「俺の話なんかでも役に立ったかな?」

乳魔、もとい○○さんがこちらに気付きそう言いながら近づいてきた。
椛も頬を膨らませて後ろを着いてきている。

「ええ、多少男女間の問題を減らす事ができそうな記事が書けそうです」

「それは良かった。また何かあったら取材してくれてもいいからな」

「はい、また機会があればよろしくお願いします」

○○さんの後ろの椛の目が危険な角度まで吊り上がったのでそれはないだろうな、と思いながら建前上そう答えておく。
まあ、今回の取材で得られる事が多かったのは事実なので、後日お礼の品でも贈る事にしよう。
そうして、挨拶も程々に私はまだ痛む体に鞭を打って私は空に飛び立った。
記事は、明日くるであろう筋肉痛がおさまったら書くとしよう。


ちなみに、その後創った新聞は過去最高の人気で、愛に焦がれた女とそんな女に見初めされた男の両方から多くの感謝の手紙が送られてきた。
また、こういった特集でも組もうかしら。

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最終更新:2016年03月29日 22:06