紅魔赤軍

 綺麗な薔薇には棘がある。良く言われる言葉であるが、
それは紅魔館のメイド長にも当てはまるのかもしれない。

 十六夜咲夜は人里にほぼ毎日行くのであるが、その中身は仕事
半分、私用半分といった案配である。食料の買い出しついでに
恋人の様子を見に行くのであるから、人里に向かう時なんかは
普段来ているメイド服よりも綺麗な服を着て、わざわざ髪も
梳いてから、いそいそと出かけていた。里の人はそんな彼女を
見慣れており、咲夜の美貌も相まって恋人の里人には、興味と
羨望と少々のやっかみも入った視線を送っているのであった。

 しかしそんな平和な日常の裏には、色々と思惑が動いている。
彼女は毎日人里まで飛んできて、入り口からは歩いて男の家と
店舗を兼ねた建物に行く。毎日通う程好いているのなら、飛んで
いったりいっその事時間を止めて男の家を訪ねた方が、余程
時間の節約になり、男と一緒に居る時間が増えるものなのだが、
彼女は必ず買い物をして歩いて行く。鬱陶しい雨の日でさえも
歩いて行くのであるから、事情を知らない人からすれば、少し
奇異に思えるだろう。まあ、人から尋ねられた時には、彼女は
里に馴染みたくってとか、知らない人が見たときに驚かない
ようにとかの、口当たりの良い言葉で誤魔化すのであるから、
結局は里の人間は彼女の用事には気づかないままである。

 彼女は男の家に着くと大体は、紅魔館から運ばせたソファに
男と共に座り、男にしだれ掛かっている事が多い。紅魔館で
まめに働く彼女からはとても想像できない姿だが、普段の疲れ
を男に癒やして貰っているのであろう。これで交わされる言葉が、
チョコレートの様に甘い言葉であれば良いのだが、生憎チョコは
チョコでもカカオが九割九部入っている、食べると顔を蹙めるような
苦いチョコレートの方がお呼びである。
物の値段や人里の動きといった話題はまだどこの家庭でも話される
事であろうが、有力者の動静や幻想郷にいる他の勢力が、人里で
どうしているかを話すに至っては、もはや家庭を飛び出して職場で
話す会話であろう。それも裏方のお仕事での。

 彼女は今でこそ毎日男の所に通い、情報を得るように
なったが、始めからそうであった訳ではない。時折彼の店で買い物を
する内に、彼のことが好きになったのであるが、所詮自分は
妖怪に仕える以上まともな感性の人間では、親しくしたいと思った
所で避けられてしまう事は目に見えていた。そのことを考えると憂鬱
になっていた彼女に、主の吸血鬼が囁く。
主の親友の魔女の秘薬を使い、彼女に好意を抱かせた上で、
衝動を強くし関係を作らせる。恋人になった後は、彼の部屋の家具を
紅魔館から持ってきた物に代えていき、店に伝手を使って取り寄せた品
を卸して彼に彼女を刻み込んでいった。
決め手は運命を操って経営を傾かせた上で、火の車になった帳簿に融通
すれば、彼女無しでは店を維持することが出来なくなり、仕上げに
紅魔館に連れて行って数日「ゆっくりと」過ごせば、心も彼女に
依存することとなった。

 紅魔館メイド長である十六夜咲夜には、二つの役職がある。
一つはレミリア・スカーレットの側近、そしてもう一つは
紅魔館妖精部隊の指揮官である。彼女は普段は表の顔しか覗かせないが、
いざ有事となれば、妖精部隊を束ねて指揮を執ることとなる。
それもスペルカードなんて優しい解決法では無く、もっと血生臭い
解決法を使う時にだけ活動するので、弾幕はパワーだと述べる
火力優越主義者の魔法使いなんかは、きっと知らないのであろう。

 そして、紅魔館はその名の通り、赤色をモチーフにしているため、
妖精部隊を知っている人は、時折赤軍なんて侮蔑を込めて呼んで
いたりする。勿論カリスマ的指導者による独裁にはつきものの、
内外に張り巡らされた強力なスパイ網も再現されている。
 共産主義は未だに現代日本でも生き残っているため、当分の間は
幻想郷に入ってくることはないのであろうが、入ってきたときには
きっと面白い見世物に成るであろう。紅い鬼が笑う最高の舞台になるのだから。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年03月29日 22:12