迷いを断ち切りて


「おう嬢ちゃん、わるいな。これ以上近づいたら、この兄ちゃん
殺さなあかんで。」
人里で立て続けに火付け、物取り、人殺し-言うなれば凶悪犯罪のオン
パレードをここ数日の間に上演した犯人であったが、里の半獣を中心とした自警団に
よって追い詰められ、最後にはナイフを超えて短刀と呼ぶ方が適切な位の
凶器とそれに匹敵する狂気を携え、人質を取って追っ手を牽制していた。
 犯人を刺激しないように離れた所に包囲網を敷き、慧音が自ら最前線に
立って犯人を説得していたが、捕まれば最後と覚悟を決めている犯人は
絶対に人質を離そうとしないし、無論投降もしない。若し人質に刃を突き立てよう
とすれば、慧音もひと思いに弾幕で犯人の頭をぶち抜くのであろうが、
見たところ只の人間である筈の犯人が、何かの能力を使って事件を起こしている
かもしれないと考えると、中々強行作戦は採りずらい。
 妖怪よりも脆弱な人間ならば、此方よりも早く注意が散漫になる
ことと、永遠亭に使いに出した人間が催眠ガスを持ってくること、更には
奥の手として紅魔館から時を止めるメイドを派遣して貰うことを頼み
とし、現状維持をしながら説得を続けるしかなかった。

 慧音の中に焦燥が出てきた頃、人質の彼女である魂魄妖夢が現場に
押っ取り刀で駆けつけて冒頭の台詞となる。慧音は自分の側に居た
自警団の隊長に、目線で何故彼女を、周りの封鎖線で止めなかったのかと
強目に尋ねるが隊長は手を振り、物理的に無理でしたと返答する。
おまけに指三本を出してバッテンを付け加えた所を見ると、幾人かは
行動不能であるようだ。慧音は死人が出ていないことを祈りつつ、再び
交渉を続けた。

 半刻から一刻程過ぎ、交渉に手詰まりの様相が見えだした頃、包囲側
に動きが見えた。妖夢がやおら抜刀し、犯人に近づきだしたのである。
犯人もまさか自警団ではなく、単に周りにいただけの人間が自分を
襲おうとするとは思っておらず、数秒出遅れたが妖夢の歩みが遅かった
こともあり、妖夢に声を掛ける。
「おい、嬢ちゃん止まらんかい。」
男が声を荒げるが、妖夢の歩みは止まらない。一歩一歩確実に近づいて行く。
「止まれや。」
男が短刀に力を込め、見せつけるように人質の首筋に持っていくが、
妖夢の歩みは続く。慧音も止まるように求めるが、妖夢は聞いている
様子が無く足運び一つぶれる兆しがない。
「ほんまに殺すで。」
あと一息で間合いに入るという距離で、男が最後通牒を出すとそこで
漸く彼女の歩みが止まった。妖夢は目線を男に向けるが、意外にも
彼女の顔色は平静である。自分に近づいてきた女が冷静そうであった
ことに、犯人は自分が有利になったように錯覚し、彼女に言葉を投げ
掛ける。

「ほんまに殺すと思ってへんから、舐めた真似しくさってから、ホンマ。」
犯人は短刀を僅かに動かして人質の皮を切り、僅かに首から血が流れ出す。
ここで妖夢は刀を抜いてから、初めて声を出す。
「ああそう。」
 相変わらずの冷めた声に、犯人が更に人質に切りつけようかと腕に
力を込めようとするが、自分の腕は動くものの手の感覚が無く、空を
切るばかり。犯人が自分の手首が焼けるように熱くなり、赤いものが
吹き出す様子がスローモーションのように目に映った直後、立って居られ
なくなり足が折れて膝から崩れ落ちる。そしてそのときになって漸く、
自分の手と首が切られたことを理解した。


 目にも留まらぬ早業で犯人を殺した妖夢は、犯人の死体を蹴飛ばし
恋人を抱き寄せる。恋人を抱えながら慧音の方に歩いていく顔は
一転し、酷く歪んで大粒の涙が零れていた。

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最終更新:2016年05月23日 21:37