探偵助手さとり7の2
彼を手に入れてからの彼女の行動は素早かった。
翌日には彼を伴って闇金融の支店に乗り込み、強面の
店長と交渉するのであるが、彼からすると奇想天外な
ものであった。何せ人様から法律違反をしてまで金を
毟り取るような人物が、目の前の弁護士でも何でもない
女性の言うことに全て同意し、借金の棒引きに応じた
ためである。長い間彼らに追っかけられていた彼から
すれば、一体何であるかと思うことであったし、しかも
一番不可解だったのは、店長が出血大サービスを行って
いるのにも関わらず、周りにいる店員の誰もが気にしていない
様子であった。
まるで日常風景の一部となってしまっている
ように、周りの店員は彼やさとりを気に掛けていない。
珈琲を三個持ってきたその足で電話を掛け、債務者に
恫喝まがいの取り立てをするその姿は、彼には全く理解できない
ものであった。
狐に摘ままれたような会談が終わり、自由の身になった
彼が家に帰る道すがら、この女性-さとりがひょっとすると
何か大物、例えば彼らの上役にあたる人の家族であるとか
という考えに至った。
尚、こう考えるしか彼にはなかったのであるが、しかし
昨日の夜に彼女が襲撃者を何人もバッタバッタとなぎ
倒したこと、しかも柔道や合気道といった技すらも使わずに
鎧袖一触といった振る舞いを見せたことには、全く当てはまらず
大外れの推理であるのであるが、彼の迷推理ぶりは遺憾なく発揮
されていると思って納得してもらう他ない。或いはこう言いかえる
こともできる。人は自分の見たいものを見て、自分の信じたいものを
信じるのであると。
彼がその考えに至り、彼女に話しかけることは規定事項で
あったが、彼女が彼が話しかける際に先手を打って、暫く待って
欲しいと口止めしてきたことは想定外であった。何せ彼女
に一言も発していないのに、彼女はまるで自分の心が読めるように
話してきたのだから。しかし彼女の提案に乗り、都会の端の
路地裏に入って彼女の話を聞く事とした。本音を言えばこんな
薄暗い場所よりも、綺麗な女性とお洒落に喫茶店でアップルティー
とでも洒落こんでしまいたかったのであるが。
何故か赤くなった彼女と路地裏に入った頃には、彼の頭脳は
次なる迷推理を開陳しており、彼女が例の借金取りの誰かの
愛人ではないかと考えていた。店長か誰かと組んで美人局に
来るのではないかと、見当外れの推理が暴走していると、とたんに
彼女の笑顔が曇り、そんな訳ないじゃないと呟いた。
ぽつりと、しかし彼の耳にしっかりと届いた言葉が彼の水面を揺らし、
動揺した彼は言葉にもならない単語を発するが、足は地面に
縫い付けられたように動かない。そのまま暫く腕だけをばたばた
と、弥次郎兵衛がバランスを取るかのように動かすが、その間に
彼女が彼に近づき、顎に左手を添えて背中に右手を押し当て、
思いっきりトラウマを流し込んだ。
自分の愛が疑われた事に酷く憤慨したさとりは、彼に思いっきり
トラウマを流し込み、耐えきれなくなった彼が××するのを、
掴んだ顎を器用に操って捌いていた。只の人間が一瞬触れただけで
脳がブレーカーが落ち、シャットダウンして昏倒してしまう
ような物を、脳が悲鳴を上げても構わず流し込み、回路が遮断された
神経回路をこじ開けていたのであるから、借金取りに負けず劣らず
中々に非道である。
一応彼女の人権(妖怪権?)のために弁解すれば、彼女も最初は
穏やかに自分の正体を彼に伝える積もりであったのである。しかし
彼がさとりが自分を疑ったことが読めると、酷く狼狽し次に激高した。
自分が大事に思っていない人にどう思われても、彼女にとってどうでも
良いのであるが-道を歩く蟻が自分を気にしているかどうか、一々
考えて歩く人間は最近著作が無縁塚に落ちてきた、F博士ぐらいであろう。
自分にとって重要な人が自分を疑うことは、酷く傷つくのであるから。
勿論そんなことをすれば、彼は自力では一歩も歩けなくなる
から、彼に昨日と同じように肩を貸し、タクシーに乗って
帰るのであるが、昨日と違うのは先程彼に、自分が
妖怪であると刻み込んだことであり、それ故一層密着していることである。
タクシーの中で彼の手を繋いで介抱しながら、虚ろになった彼に
自分の正体をインストールしていたのであるから、彼には抵抗のしよう
もない。そして家に帰った後に、一晩かけて催眠やら何やらを追加
すれば、彼女にとっての理想の原型が完成である。
最終更新:2016年05月23日 21:39