曲直庁書記官3
四季映姫の仕事において、夫である書記官の仕事は
彼女の補佐である。書類の原案を作っていたり、或い
は彼女に代わって調べ物をしていたりとしており、
細々とした事を行っている。
一方映姫の方は決裁やら判決文の作成やらといった、
彼女にしかできないことを行っていることが多い。これ
では彼を四季の専属にする意味がないのではないかと、
小町は映姫に申し立てていたが、上司の権限として黙殺
しついでに厄介払いを兼ねて、小町を死神兼 三途の川の渡し
として転任させておいた。彼岸で罪人の数を数える念願の
仕事に就けて、小町もさぞ喜んでいるだろうとは上司の弁である。
仕事において映姫が重要な仕事をしており、書記官がいわばどうでも
良い仕事をしている状態で、ならば私的な所ではどうなのかというと
こちらも彼は映姫に頼っている。移動時は文字道理、おんぶに
だっこであるし、家にいても彼女は職場と同じように、色々な
ことを要領良くやっている。公でも私でも彼が彼女を必要として
いるように見えるが、一歩「中」に踏み込むと様相は一変する。
映姫は一度家事が終わると、普段の固い仮面は何処へやら、
飼い主にしっぽを振る犬か猫のように夫の元に擦り寄る。
普段は罪人に死刑を宣告するその口は、夫の愛を求める
だけに使われるようになり、普段の映姫に存在する核とか
芯といった物は影も形も見当たらない。
自分の外面を法律や道徳といった、謂わば他人の規範で
縛るならば、其処には自分の意思は存在していない。借物
のルールに従って生きることは、世間様に上っ面を良く
見せるだけならば、生きやすいし賞賛されもするであろうが、
実のところは自分の意思が無くて、海月のようにフニャフニャ
と世間の大海に漂うのみである。そしてその種の人物は、外の
ルールに縛られない場所、つまり家庭ならばどうするのか。
大体は二つの方法を取ることが多い。一つは外の
世界のルールを私的な場所に持ち込むこと。もう一つは
他の何かに依存して生きていくこと。因みに彼女の場合は
両方である。
家庭でも夫に尽くそうとすることは、「良い家庭」の実践で
あるし、彼に捨てられないようにする依存でもある。彼の仕事を
意図的に制限しているのも、夫が自分の行動範囲から逃げない
ようにするためであり、移動手段を彼女のみに限定することは、
事実上の軟禁として成立している。
この四季映姫の狂気的な行動自体も悪いのであるが、更に悪いこと
がもう一つある。こんなに立派な外面を持つ彼女は、心の奥底
では彼の喪失を恐れている。そして、恐れより発した行動は
一時の安心を得ることができたとしても、より大きな恐れを
誘発するのである。丁度、依存症となった者が更に麻薬を
欲するように。
最終更新:2016年05月23日 21:50