久々に人里に降りてみた。人里はあいもかわらず人が多く、暇つぶしには良い所だ。
店を巡っていると外来人の居住区付近で占い店を見つけた。
「占い、かあ」
天界はもちろん、幻想郷全体にも占い師はそれほど多くない。
一番手っ取り早い一般的な占いが、妖怪の山の中にある神社のおみくじといったレベルだ。
せっかく人里に来たのだ、占い一回分の値段も高くないみたいだし一回占ってもらおう。
店に入ると、穏やかな雰囲気の男がいた。彼が占い師なのだろう。
「いっらしゃいませ、今日はどのコースをご希望ですか?」
店の扉の張り紙にもあったように、ここの店は占う内容を指定する必要があるらしい。
「そうね、ここはやっぱり恋愛運で…」
恋愛というのはいつの時代だって女性を引き付けるものだ。
今でこそ「不良天人」とか「天のじゃじゃ馬」なんて陰で言われてるけどそのうち私だって
目の前に颯爽と現れてくれた格好いい男と結ばれて…
「うーん、お客さんの恋愛は暫く我慢が必要みたいですね…」
「ええ?なんですって!?」
「良い出会いがもたらされるとも、今の関係が良化するとも出てないんです」
「嘘よ嘘よ!このインチキ占い師!」
とんだ占い師だ。この私の魅力を目の当たりにしながらそんな事を言うなんて。
ひょっとしたら当てずっぽうを言っているのかも知れない。
いや、そもそも占い師ですらないのかも…
「お客さん、これはあくまでも今の占いの結果ですよ」
「どういうこと?」
「これからの運命はあなたの行動次第でいくらでも変えられるということです。
お客様は器量も良いですから、外に出て交流を深めれば出会いもきっと生まれますよ」
「本当?嘘じゃないわよね、いいこと言うじゃない!」
彼の一言で一気に上機嫌になった私は、その足で博麗神社に走っていった。
「…ということがあったの!これで私の運気も上がるってことね!」
「へー、そうなの」
「なに?興味なさそうね。せっかく私が良い思いしたっていうのに!」
「それって、あんたが上手いこと丸め込まれただけじゃない。占い師なんてのは誰にもそう言うもんよ」
「うっ…」
考えてみれば霊夢の言うとおりだ。やっぱりあいつはインチキ占い師なのかもしれない。
「でもその占い師って○○の店でしょ?あそこ、評判はいいから当たるかも知れないわね」
「え、そうなの?」
「最近こっちに来てないあんたは知らないかも知れないけど、人里ではちょっと前から話題なのよ」
霊夢にお守りを買わされて天界に戻りながら思った。今日はついていたのかも。
でも私の前に現れる男ってどんな人なのかな?
占い師○○というのは数か月前にやってきた外来人だ。
酒の席にて外の世界で趣味と実益を兼ねて占いをやっていたことを打ち明けたところ、開業を勧められ幻想郷での副業として店を開いたのだ。
幻想郷における彼の本業は運送であったが、業務のついでにささやかながら占い店を宣伝したところこれが功を奏す。
彼の占い店は人里ばかりではなく配送先で出会った一部妖怪にも知れ渡り、ちょっとした話題となったのであった。
そんな彼の占い師としての実力は、先日の小槌騒動の発生を予知したことで皆の知るところとなったのである。
「うーん、今は利益の追求より店の存続が大事です。しばらく売り上げが上がらないかも知れません」
「あなたの今の彼女…紅魔館の門番さんでしたっけ?あの人と一緒の人生はそう甘くないでしょう」
「近いうちに特ダネが舞い込んでくるはずです」
今日も占い店はそれなりの繁盛だった。
今では妖怪のお客も一定数獲得している。ただ、彼女たちを占うとどうも不穏な結果が多いのは気がかりだが…。
○○はふと、三日ほど前に来店した高飛車な少女の事を思い出した。
なにかと感情の起伏の激しい彼女の勢いに押され、彼女の名前を聞きそびれてしまったのである。
彼の占いには、一人一人の占いの結果の記録と保存が欠かせない。名前が分からないのはそれを残すには大いに不都合なのであった。
今日やってきた幻想郷の新聞屋に一応名前を教えてもらったが、一応本人の口からも聞きたいと思っていた。
それにしても、「見慣れない格好した高飛車な少女」だけで名前が出てくるなんて彼女はわりと幻想郷では高名な人物なのだろうか?
「また来てやったわよ!いるの?」
彼女は実に都合のいい時に来てくれた。
とか言う占い師に占いを頼んでから数日が経った。
彼の言うとおりに天界から地獄まで出歩いてみたけれど、最近は平和すぎて珍しいことや出会いが何一つない。
自分の行動次第で運命は変えられる、と彼は言っていたけれど最初に彼が言った通り暫くは運が向かないのかも。
私の足は自然に○○の店に向かっていた。
「いらっしゃいませ。そういえばまだお名前をお伺いしていませんでしたね」
「名前?」
「ええ。占いの都合上、名前を教えていただきたいのですが…」
「比那名居天子、よ」
「ありがとうございます、天子さん」
いきなり名前で呼んでくるなんて、案外積極的な人だ。前も私のことを「器量がよい」なんて言うしこれはひょっとすると…?
「今日の占いの内容はお決まりですか?」
「今日は、運命を変えるために行動の指針を教えてもらいたいの!」
運命を変えるために行動する、と言ってもやみくもに動いたって意味はないはず。
ここは占い師の話を聞くのが一番手っ取り早いはずだ。
「やはり、天子さんの場合他人との繋がりを作った方がいいです」
「そうなの?」
「今の天子さんの異性との交友関係はそれほど広くないみたいですから」
「確かに…。でもどうやって?」
「どこか人のいる所、人里のお店とか神社とかに行くことですね。それも定期的に長い間です」
「ふーん、それなら簡単そうね」
「後、言いにくいのですが品行を改めて穏やかさを目立たせたほうが…」
「どういうこと!私は天人なのよ!」
「そうは言っても、あまり態度が荒々しいと男性は尻込みしますし…」
「それなら、私は勇猛な男を探すだけよ!臆病な男なんて情けないわ」
「…天子さんにはそれがいいのかも知れませんね…」
結局私はあまりいいアイデアを手に入れられなかった。劇的な打開策はないようだ。
それに今から品行を改めてるとか言っても方法が分からない。他の天人のように上品になるなんて私には難しいんだ。
私は今日のところは天界に戻ることにした。
あの天人の名前をきちんと聞き出すことができた。あの天人はいいお客になるかもしれない。
○○は喜んでいた。
幻想郷の人口は多くないため、○○はお客が離れないように努力を続けていた。
副業とはいえ、外の世界への帰還費用を何とか集めたい○○にとっては占いは貴重な収入源である。
しかも運送と違って占いは危険性もほぼ皆無である。
○○は帰還の日が徐々に近づいているのが嬉しかった。
「あんた、天子の事占ったんだってね」
ある日博麗神社に届け物をした時、珍しく巫女に声をかけられた。
巫女曰く、天子が最近よく姿を現すようになったせいで茶菓子の消費量が増したとのことだ。
「あいつ、他に行く場所無いのかしらね…。あんたもどこか適当な場所の名前出して、そこに行くように言ってよ」
巫女はぼやいていた。
天子も天子なりに外出を増やしているのだろうが、博麗神社には彼女の求める出会いはなさそうだ。
せいぜい帰還直前の外来人や運送業の男がたまに現れるだけだろう。
最初の占いから暫く経ったが、「しばらく我慢が必要」というのは大当たりだったようである。
「ねえ、私にも占いやってくれない?恋愛運でいいわ」
巫女から思いがけない申し出があった。
報酬は今さっき届けた煎餅一枚と緑茶一杯であったが、顧客獲得も兼ねてサービスすることにしよう。
「ふーん、近いうちにいい出会いがあるのね」
「はい。いつも通りに暮らしていれば幸運が舞い込んでくるようです」
「これを天子の奴に言ってやったらどんな顔するかしらね。楽しみだわ!」
巫女は嬉しさに少々の意地悪さが混ざった笑顔を浮かべていた。
○○の言うとおり、私はあちこちをうろつきまわるのを習慣にしてみた。
人里の茶屋や香霖堂、神社に寺まで巡ってみた。
しかし二か月もこの人里巡りを続けたのに、良い出会いなんてものは全くなかった。ひとかけらもなかった。
茶屋に入っても店員以外と会話する機会はろくに無かったし、寺や神社ではほとんど男に遭遇しなかった。
でも、寺にいた鼠と寅はどこであんないい男を捕まえたんだろう?実に羨ましい。
今日は久々に○○の店に寄ってまた何か聞こうと思っていたのに、あいにく今日は休みであった。今日は運送業の日なのだろう。
人里も一通り回ってしまったし、今日は博麗神社にでも寄って帰ろう。あの神社はいつも暇そうだからいつ行っても問題ない。
博麗神社の鳥居をくぐってみると霊夢の声が聞こえた。魔理沙でも来ているのだろうか、随分楽しそうである。
「あれ…」
しかし、境内の中に入って見た霊夢の話相手はなんと○○だった。今日の配達先は博麗神社だったのか。
○○は霊夢を前にして随分楽しそうだ。鼻の下も伸びている気がする。
私に会った時はあんな顔してなかったはずだ。
なんで?あいつ霊夢に気があるの?
霊夢のこの笑顔は中々魅力的だ、と煎餅を頂きながら○○は思った。
実際のところ、人里における霊夢の評判はそれほど芳しいものではない。
神社にしょっちゅう妖怪が集まっている、帰還費用をぼったくる、無愛想である、というのが主な理由であるがこの笑顔は素晴らしい。
実際に話をしてみてもそれほど悪い心を持つわけでも無さそうだし、きっと人里の人間は何か勘違いをしているのだろう。
そう言えば、同じく運送に従事している外来人の仲間が「幻想郷には美人が多い」とよく言っている。
妖怪の山の巫女やよく新聞を投げ込んでくる新聞屋などは中々の美人だともっぱらの評判だ。
霊夢や天子も幻想郷の美人の一人に違いない。まあ、性格はともかくとして…。
「ああ、そうそう。天子を占う時にはちょっと気をつけた方がいいわよ」
霊夢はふと思い出したように言った。
「どういうことですか?」
「あいつは思い込みが激しいし、思いつきはすぐ実行しないと気が済まないの」
「確かにそんな節はありますね…」
「占い外したりした暁には店を潰されかねないわよー」
彼女の声の調子は明るいが、内容はあまり楽天的ではなかった。
「まあ、たかが占いってことぐらいあいつでも分かってそうなもんだけどね」
それならば大いに喜ばしいのだが、先ほどの発言から察すると少々不安である。
「あら、噂をすればご本人の登場ね」
神社にやってきた私を見つけた霊夢は妙に機嫌がよさそうだ。そんなに○○との会話がたのしかったのだろうか。
「私も○○に占ってもらったの。あんたと違って私は恋愛運に恵まれてるみたいよ」
「なんだ、そうなの…」
「あら、いつになく穏やかであんたらしくないわね」
霊夢がご機嫌だったのは占いの結果によるものだと分かり、拍子抜けしてしまった。
神社にある荷車を見るに、○○も物資の運送のために神社に来たのだろう。
早とちりをしてしまったみたいでなんだか恥ずかしくなった。
「天子さん、人里によく来てるみたいですけど何かあったんですか?」
自分の占いが当たっているかが心配なのであろう○○が尋ねてきた。
残念ながら何も起こっていない。最初の占い通りである。
せっかくだから、今日は他の運勢でも見てもらうことにしよう。金銭運あたりはどうなのだろうか。
「金銭運はおおむね良好みたいです。衝動買いしない限りは問題ないかと」
ありきたりな結果だけど私は安心した。衝動買いなんてしたことがない。
「ついでに恋愛運も見たんですけど、天子さんはもうすでに良い人に出会ってるみたいですよ」
どういうことなのだろう?○○の言ったように、ここしばらくの人里探索で運命が変わったのだろうか?
しかし、それらしい男には出会わなかったはずだ。現に会話を交わすような関係の男は○○しかいない。
私が見落としているのか、それともここから急展開が待っているのか。
私には分からない。
もっと詳しく話してもらいたいが、○○にも詳細までは分からないようである。
実にじれったいものだ。
天子に占いの結果を教えると、首をかしげながら帰っていった。
察するに彼女には全くもって「良い人」の心あたりがないのだろう。
正直なところ自分もこの占いが何を指しているのか今一分かっていない。占いの結果を見たときは見間違いかと思ったくらいだ。
こういうときの占いは大体外れてしまう。一週間もすればそれに気づいた天子が怒鳴り込んでくるだろう。
その時には店を吹っ飛ばされないように上手いこと天子をなだめられるといいのだが。
「結局天子にも運が向いてくるってことね、なんかつまらないわ。まさかあんた嘘言ったりとかしてないわよね」
○○は霊夢のぼやきを聞いてから家に帰った。
彼は占いの客に対して嘘をついたことは一度もない。せいぜいオブラートに包んだ表現をするくらいだ。
今日からは暫くのあいだ運送の仕事が立て込んでいる。占いの教本を見返す余裕がないのは残念だが、本業と帰還が優先だ。
○○は仕事に備えるべく早めに床に就くことにした。
博麗神社で○○に会ってから三日後、私は○○の占いの意味の意味がやっと分かった。
一たび分かってしまえばその意味は実に単純なものだ。
私の前に現れたという運命の人は他でもない○○だ。絶対にそうだ。間違いない。
彼と最初に会ったとき、彼は私の容姿を褒めてくれた。いつ会っても穏やかに接してくれた。
私に気をかけてくれているんだ。気があるんだ。
神社で偶然出会ったのも、私たちが結ばれる運命にあることの暗示なんだ。そうとしか思えない偶然だ。
霊夢に対しても鼻の下が伸びていたのは気になるけど、私と話していた時も同じだったから許してあげよう。男というのは浮気性なのだ。
一緒に天界で暮らせばもう浮気心なんて生じないだろうし。
それにしても○○は恥ずかしがり屋なのだろう。自分の気持ちを億尾にも出してくれなかった。
好意を持った女を堂々と迎えに行くのが男としてあるべき姿なのに、これでは私が迎えに行かなくてはならない。
私が幻想郷の中でも指折りの実力者だと言っても、できれば○○の方から来て欲しかった。でも、天界に連れて行けば少しはたくましくなるだろう。
考えている暇はない。早く○○の所へ行かないと。
○○の事を考えるだけで頭が熱くなる。天人の私をここまで追い詰めるなんて運命とは凄いものだ。
立て込んでいた運送の仕事がようやく片付き、酷使した体がどこも悲鳴をあげている。明日はずっと家で寝ていたいくらいだ。
でも占いの教本を見返す余裕はあるだろう。この前の占いは見間違いだった気がしてならないのだ。
占いが外れた原因は見間違いだと言ったところで、天子が許してくれるとも思わないが…。
結局占いに間違いはなかった。なにがなんだかさっぱりだが、このことはもう忘れてしまおう。たまには占いを外したっていいじゃないか。
占いの店は暫く放ってしまったから、また宣伝して客足を取り戻さなければならないだろう。
○○は久々に深く眠った。
翌日○○が目を覚ましたのは午前11時。家の中で不審な物音を聞いて飛び起きた。
「随分起きるのが遅いのね。でも大丈夫、私はそういう人嫌いじゃないから」
「ほら、ぼーっとしてないで早く天界に行かないと。ずっと待ってたんだから」
「あんたの考えてることなんてお見通しよ。嬉しすぎても声って出ないものよね」
まくしたてる天子が何をいっているのか○○には全く分からなかった。占いの結果について怒っているわけではなさそうだが何か変だ。
「ああ、じれったい!こういう時ぐらいあんたに先導してもらいたいのに…」
○○は静かに突然失踪した。彼は自分自身の運命を知ることができなかったからだ。
彼の行方を追うものはいない。外来人の運送屋兼占い師の価値なんてその程度、ということである。
「運命って不思議よね、思ってもみないところで変わっちゃうんだから」
「今幸せなのも○○のおかげだし、ずっと一緒よ」
完
最終更新:2016年05月23日 22:03