「ねぇ○○さん、どうして私を避けるんですか?」
緑髪の彼女はいつものように僕に問いかける。-いや、そもそも
あんたとは親しくないだろう-という言葉を胸の奥に押さえ込み
つつ、僕は精一杯の笑顔を作って彼女に返答する。
「いやぁ、そんなことは無いですよ東風谷さん。」
「ほら、今も他人行儀に喋っているじゃないですか。私のことは
早苗でいいって言ったじゃないですか。」
-うるせぇ、お前には興味が無いんだよ-と言いたいことを堪えて
彼女に返事をするが、しっかりと隠したはずの不機嫌さが隠し切れて
いなかったのか、東風谷は僕を問い詰める。こんなことだけには
鋭い癖に、僕が東風谷を嫌ってさえいることは全く考えようとせず、
しつこく付きまとってくる彼女に、僕はすっかり嫌気が差していた。

 「そんな、風祝の東風谷さんを呼び捨てになんて出来ませんよ。」
取り敢えずいつものように突っぱねておくが、今日はいやにしつこかった。
「いつもいつも、そんなこと言って。はぐらかさないで下さい。
もしかして私のこと嫌いなんですか?!」
髪と同じように脳味噌にまで青黴が生えている割には、正解に辿りついた
ようである。-そうだよ、この野郎-と答える代わりに、里の人間を
生贄にしておく。
「いえ、そんなこと他の人に聞かれたら、どうなる事やら。」
「そんなことないですよ。私がさせません。」
「お気持ちは嬉しいですが、人の噂を止めることは出来ませんし。」
サービスで肩を竦めることも付け足しておくと、彼女はあっさりと
信じ込んだようである。多少今日は頭が冴えているみたいだが、やはり
先祖の蛙と同じ下等生物かと思い直し、とっととズラかろうとするが、
後ろからした声に立ち止まる。
「大丈夫ですよ。○○さんに何かする人は、私が奇跡の力で
潰しますから。」

 物騒な宣言を耳に入れてしまい、頭の中で一瞬思案する。聞こえなかった
ことにして逃げてしまう方が良いと、理性と本能の両方が珍しく一致して
結論を下していたが、ためらった隙に後ろから肩を掴まれて物理的に逃亡を防がれる。
-いや、それ奇跡じゃなくて、唯の暴力じゃないの-とか、-お前が
一番何かしそうなんだよ-という真っ当な考えが浮かんできたが、
彼女に背後から抱きしめられ、女性らしい柔らかさに気を取られ思考が霧散した。
「大丈夫です○○さん。私、愛していますから。」
何が大丈夫なのか、自分に危害が降りかからないという意味で、大丈夫
と言っているのなら、絶対に大丈夫でないと断言できるのであるが、
恋愛でのぼせ上がっている彼女はきっと、私たちの恋は前途多難
でも大丈夫ですという意味で使っているのであろうし、其方の意味ならば
きっと達成してしまうのであろう。そもそも、恋人(予定)の意思すらも
無視するような人物が、赤の他人に配慮するなどあり得るはずも無く。
 こうして僕は致命的な一歩を踏み出してしまうのであった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年05月23日 22:22