脚本に魅せられて

 小鈴に外来人の彼氏がいたという話は聞いており、本人からも時折
話を聞いていたが、それが何時しか彼氏とのすれ違いを伺わせること
が多くなり、ついに最近は彼氏が外に帰るの帰らせたくないのという
見事なまでに拗れた話となり、破局までもはや秒読みとなっていた。
 彼氏と喧嘩が多くなり、泣きながら私に彼への愛を訴える彼女を、
慧音と二人でよく慰めていたが、外界に帰りたいと主張する彼の意思は
固そうに見え、歴代の記憶を有する私にからしても、これを覆すには
もはや通常の手段では困難に思われた。

 そんなことを聞いていた中で突然小鈴より、「彼が自分に気持ちを
伝えたいと言って、準備のため暫く離れたい」と恋人が言ってきたと
聞いた時は、このまま恋人が脱走するのでは無いかと私には思われた。
 横で聞いていた慧音も同意見であったようで、今まで強硬に幻想郷
への定住を突っぱねていた人物が、急に骨を埋めることなんて有り得ない
と小鈴に忠告していたが、当の本人は彼が自分と一緒になるものだと
信じ切っており、挙げ句には苦言を呈した慧音が自分と恋人を引き裂こうと
していると見当違いのことを言い出したので、やむを得ず慧音には退場願い、
稗田の屋敷の私室にて二人っきりで話し合うこととした。

屋敷にて使用人に近づかないように言い含め、私と小鈴は差し向かいで
座ったのだが、小鈴の目は真っ直ぐ私を見据えており、中々固い意志を
見せているように感じられた。そのため私は彼女を翻意させるために
資料を見せてみる。その資料は烏天狗を使った裏のルートから入手しており、
慧音の前では見せるのに少々後ろ暗い所があった物である。しかし背に
腹は代えられない。私は小鈴の恋人がここ数日何をしているかを彼女に
突きつけた。

「ねえ小鈴、○○は無縁塚で入手した外来の鉄砲の訓練をしているわ。
しかも妖怪ですら粉々に砕けそうな代物よ。彼はきっと貴方を傷付けて
でも外界に帰るつもりだわ。」

流石に親友相手では、赤の他人を評することとは違い、お前は騙されている
だの、「らいふる銃」とやらで貴方に大穴を開くだろうとは言えないものの、
河童の技術屋の私見まで付いていれば、大抵の人は彼が大人しく定住する
訳ないと気づくものである。しかし我が親友は頑なであった。

「いいえ、それは違うわ。阿求、彼を信じて上げて。」

「そんな事言ったって、彼が本来なら必要ない武器を持っているのは事実
でしょう。貴方を騙して博麗神社に逃げ込む気よ。」

-それとも外界の珍事件のように、貴方と彼とで人里の貸し金屋か霧雨商店でも
襲う気かしら?-と嫌みの一つでも付け足すが彼女はへこたれない。

「そんな…。彼はそんなつもりじゃないわ。私は彼の彼女なんだから、
彼の事を絶対に信じないと…。」

「事実を認めないのは、唯の阿呆よ。ねえ、本当は彼が嘘を付いていることは
気づいているんでしょう?何だったら、永遠亭から薬を融通して貰ってもいいわよ。
私色々貸しがあるし、理性を崩壊させる毒薬なんか一つや二つ、いやダース単位で
貰えるから。それにそれが嫌なら、慧音に頼んで歴史を歪曲したっていいんだから。
閻魔だって私が何とかするし。」

「いいの、もう決めたことだし。」

 自分が彼に撃たれて殺されても良いと、いや寧ろそうなっても自分は御伽草子
に描かれる悲劇のヒロインのようになると、言わんばかりの態度を取る彼女を見て
私は彼女が恐ろしく思えた。彼女は彼を信じることに盲目になりすぎているし、
むしろ演劇の脚本に操られるように悲劇へと突き進んでいく。私や慧音がいくら
言ったとしても、彼女の意思を変えることは出来ず、ただ終結に引き寄せられる
ような彼女を見るのはとてもつらく、悔しい思いであった。



小鈴が帰った後、私は紅魔館に足を運んでいた。小鈴に三日後に彼と会う約束
を取り消させることはできなかったものの、小鈴と彼の面会時に私を含む他の人間
を立ち会わせることは約束させた。二人だけにしておけば彼の銃が火を噴くのは
目に見えていたので、実力行使に備えて協力者を集める事としたためである。

 紅魔館では予想に反して、人里に足繁く通っているメイド長では無く、当主
自らが面会に応じた。私が外来人が暴れるかもしれないことを話し、メイド長の
能力をもっていざと言う時に備えたいと頼むと、レミリアは即座に断ってきた。
「噂の外来人は新型の銃を持っているらしいじゃない。私の大事な咲夜をそんな
ところに送れないわ。」
 レミリアの背後でピクリと動いたメイド長を見たところ、力不足と思われている
ことに不満を持っているようである。私はレミリアのプライドを突っつき、譲歩
を引き出そうとする。

「あら、恐れ知らずの紅魔館にしては、いやに慎重ですね。」

レミリアは此方に犬歯を見せて笑って言った。

「いや、私が出よう。夜の女王の力を人間にお見せしようじゃあないか。」

藪を突いて蛇を出す。そんな言葉が当てはまるような状況であるが、元より使える
ものは何でも使う積もりである。予想よりも遙かに多くなった出費であるが、親友の
ためとあっては惜しくもない。金で安全を買ったと考え、計画の詳細を詰める事とした。

 其れから日が経ち、小鈴と彼の面会の日となった。私は使用人の他に慧音とレミリアを
引き連れ、面会場所に向かった。○○は背中に大きな銃を掛けており、いざとなれば
弾丸の嵐を撒き散らせる構えである。二人以外は離れておき、いつでも駆けつけられる
体制を取っておく。そして男の方が告げる。

「悪いが外の世界に帰らせて貰う。邪魔するなら殺す。」

初手から殺意を漲らせて来た相手に周囲は息を飲むが、女の方は男に堂々と返答する。

「嫌です。幻想郷に残って下さい。」

そして一歩近づくが、男は彼女の足下に発砲する。

「来るな。」

「嫌。」

男は歯を噛み締め目を見開きながら、引き金を引く。弾丸は女の体を貫き、赤い血が
体を地面に縫い付ける。男は虫の息の彼女に背を向け、神社の方に向かおうとするが、
か細い、しかし耳にしっかりと届く声が聞こえる。

「駄目、行かないで。」

血だらけの手を動かしながら、土と紅に塗れズリズリと地面を這っていく。私と慧音達は
息を飲んで彼女を見守っていた。しかし男は無情にも再び銃を構え、彼女に連射する。
忌々しい記憶をフルオートで消し飛ばさんかのように

 フルオートで銃弾を受け、通常の人間ならば全身が砕けるような鉄の嵐であったが、
やおら女が立ち上がり、男の方に向かって走り出す。暫く小銃を構えていた彼であったが、
弾が切れたため銃を捨て、腰に差していたピストルを抜こうとするが、彼女の方が
早く彼に辿りつき、彼を抱き寄せる。

「お願い、帰らないで。」

文字通り血を吐きながらなされた願いは、男にとっては恐怖であった。

「お前は人間だと思っていたのに、この妖怪め!俺を帰せ!」

男は恐怖に震えながらも拳銃を女の頭に押しつけ連射する。慧音が息を飲んだことから、
あの銃には退魔の仕掛けでも施されていたらしい。乱射を防ぐ為か赤い霧が辺りに立ちこめ
男は方向も分からずに逃げだそうとする。すると無傷の小鈴が物陰より飛び出し、男に飛びついた。

 小鈴は男に馬乗りになり懇願する。

「もう逃げられないんだから、お願い…。」

そして騙されたと知った男は最後の手段を取る。

「お前が退かないのなら、二人ともこれで死ぬ。」

手榴弾のピンをいつでも抜けるように指を掛けた男に、小鈴は泣きながら笑いかける。

「死ぬ時は一緒。」

 親友を失った私は暫く失意にあった。目の前で酷い光景を目の当たりにしたのであるから、
当然と言えば当然であるのだが。周囲はそんな私に優しく接してくれたため、私は徐々に
立ち直ってきた。そんな中○○の友人であった××は、自分も辛いだろうに私を良く気遣って
くれており、私は彼のお陰で立ち直ることができた。しかし彼が外界への帰還を希望して
いると聞いた私は、お祝いとして彼を屋敷に呼ぶこととした。
 
「××さん、いかがですか?」

「最悪だよ。縄を緩めてくれたら、最高なんだけれど。」

「駄目ですよ。今日は「すたんがん」が無いんですから。」

「まさかお前もあの女と同じだったとは、屑め。」

「私は小鈴とは違いますよ。小鈴は死んでも良いと思っていましたけど、
私は生きたいですから。生きて××さんと一緒に居たいですよ。」

「其れで監禁したと。」

「いいえ、××さんが正直になるようにです。ほら、永遠亭特製のお薬ですよ。
嫌がったら注射器の針が折れますから、動かないで下さいね。そろそろさっき混ぜた
睡眠薬が効いてきたでしょうから、私にもたれかかって楽にして下さいね。」

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最終更新:2016年05月23日 22:27