永琳女史の診察カルテ4
感応精神病(フォリア・ドゥ)について
永琳が妖怪の山から連絡を受けたのは昼過ぎであった。患者を二人寄越したい
と書かれた文章は味も素っ気も無さ過ぎる-第一患者がは何の病気かも読み取れ
ない。使いにきた白狼天狗より話を聞き出して、漸く「妄想を示した患者二人が
此方に来る」とだけ分かった。しかしこれだけでは何が妄想なのかもそもそも
分からない。使いの者も手紙を届けてこいとだけ命令されており、患者については
噂しか知っていないことから、患者が来てから対応を考える事とした。
その日の夜分になり、永遠亭に天狗三人がこっそりと現れた。正確には天狗二人と
白狼天狗一人であるが。はたてが受付にいた因幡に対して経緯の説明と手続きをしている
最中に、文と椛は引っ切り無しに言い争っていた。どちらも「泥棒猫」やら「彼を取ろう
なんて」なんて言っていたのだから、受付からの報告を聞いた永琳は溜息をついてしまった。
まずは文の方を診察する。もう一人の方も放っておくと勝手に色々想像しそうなので
取り敢えずの処置としててゐに診察させておく。河童特製のスキャンにかけておいたので、
三十分ぐらいは持つであろう。
「彼について聞いて良いかしら?受付で色々やり合っていたらしいけれど。」
「ええ、実は私には彼が居るんですけれど、あの白狼天狗ったら私の彼に横恋慕
しまして、終いには「彼は私を選んだんだから、大人しく立ち去れ!」なんて言うん
ですよ。笑っちゃいますよね?隣には彼なんて居ないのに。彼は私の恋人なんです
から、全く何を考えているんでしょうね?」
此方に媚びるような姿勢で話してくるが、そのくせ蛇のようなしつこさを感じる。
一先ず今回の騒ぎの原因となった彼について質問しておく。
「今、彼は何処に?」
「騒ぎになってしまったので、私の家に匿っているんですよ。」
-あの女には秘密ですからね-と頼んで来る彼女に返事をし、診察を終了した。
続いては椛の方を診察する。此方も先程の文と同じように彼について聞いてみる。
「彼とはどういう関係なのかしら?」
「先生があの女に何て言われたか想像が付きますけれど、あの女は私の彼に付きまとう
ストーカーなんです。私の彼をつけ回して恋人きどりなんですから、笑っちゃいますよ!
あんまりにもしつこいもんですから、一度彼の前でこれ以上つけ回すなと言ったことが
有るんですけれど、その時あの女私の後ろに彼が居るのに、隣に話しかけて去って行った
んですよ。隣には誰も居ないのに!全くあの女は自分が恋人だなんて言ったんでしょうけれど、
全くの妄想ですよ。」
普段の真面目な印象とは異なり、一気に話掛けてくる。普段の抑圧を解放した素の姿なのかも
しれないと感じつつ、文と同じように彼について質問しておく。
「彼は何処にいますか?」
「実は哨戒小屋に匿っているんですよ。あの女がいつ付け狙うかも分かりませんから。」
彼女についても一通り話が聞けたため、椛も輝夜に案内を任せて、はたてを診察室に
招く。
心配そうな顔をしたはたては入室すると早速診断を聞いてくる。
「二人はどうなりますか?」
「そうですね。二人とも妄想を発症しているようでしたので、入院治療が必要かと。」
「そうですか。」
「しかし二人を一緒に連れてきたのはまずかったですね。二人は感応精神病を発症して
おりました。二人がお互いの精神病に影響を受けてしまう状態でしたので、治療の際には
隔離が必須となります。二人が接触すると妄想が進行する恐れがありますね。おや、
何かホッとしたような顔をされていますよ。」
-ここでのことは全て秘密にしますよ-と彼女に囁くように付け加えると、彼女はつらつら
と私に胸の内を打ち明ける。
「彼女達が私の彼の彼を狙っていたので、心が安まらなかったんです。もうこれで彼が
怯えなくて済むと考えるとホッとしてしまって…。天狗の上の方も、有名な御二人が男を
巡って争ったなんて大事にしたくない様子が見え見えで、私が二人と仲が良かったので
最近顔を合わせる度に争っていた二人の仲裁にいつも入って、今日もどうにか二人を
連れて来れたので…。」
優曇華ならば素直に信じこんでしまう彼女の告白であるが、話している最中に口元が僅かに
歪み、足が不自然に組み替えられることを見て、少し考える。
「その彼は今どこに?」
「私の家の現像室です。あそこなら窓が無いので。」
「彼の写真はあります?結局今まで彼を見たことがなかったもので。」
「あら、そうですか?こちらです。」
二人とも自分しか写って居ない写真を見せてきますものね-と、文と椛の病状を正確に言い当てた
彼女と、彼女が差し出した数枚の彼の写真を見て、彼女の言っていることが正しいと理解するが、
彼女が異常なことも同時に理解する。窓の無い現像室に二人が優に収まる一枚板で作られたベット
を搬入するには、扉を作る前に家具を搬入する必要がある。つまりこの部屋は先にそういう目的で
作られたか、最近改装されている。そしてやや不健康そうな彼の手首や首筋に写るものは、見え
ずらいが圧迫痕である。
そしてそもそも顔を合わせる度に二人がの狂気が悪化しているのが分かるならば、二人を隔離
ことを考えるべきである。恐らくであるが、はたては二人の間で仲裁をしつつ、二人の病状を悪化
させたのではないのだろうか?二人の友人という立場を利用して、お互いの狂気を増幅させつつ…
永琳ははたてに写真を返しつつ、文が入院した穴埋めのパイプ作りを考え、はたてにサービス
をしておく。
「お疲れの彼に効く色々な薬がありますので、御入り用の際は是非ご相談を。」
「ええ、その時は是非。」
はたてが笑顔で握手を強く交わした事を見ると、裏のラインナップは伝わったようである。
そして静かに夜は更けていく。狂気を闇で隠しながら。
最終更新:2016年05月23日 22:31