蛇と蛙と指輪
「ねえ、○○さん。指輪どうしたんですか?」
迂闊にも不味い姿を早苗に見られてしまった。里で生魚を扱った
際に婚約指輪を外したのだが、そのまま外したことを忘れて
しまっていた。指輪は懐に入れているのだが、今から着けたと
しても、彼女の疑念は晴れないだろう。
「いや、里で外したっきりでね。着けるのを忘れていたよ。」
-そうですか-と言ったっきりじっと此方を見つめてくる早苗。
普段ならば、「この浮気者!」とでも言ってこちらを詰ってくる
のであろうが、こうも大人しいと却って調子が狂う。しかし彼女の
内心は荒れ狂っているようで、頻りに私の左手を自分の両手でさする。
手を忙しなく動かしながら暫く内心で怒りや疑念を沈めていたが、
区切りが付いたのか私の手をぎゅっと握りしめ問いかける。
「ねえ、○○さん。蛇と蛙どちらが良いですか?」
まるで夕飯のおかずを尋ねるような気安さで私に問いかけるが、
早苗の髪飾りの白蛇が生きているかのように動いている所を見ると、
かなり怒りを溜め込んでいるようである。私は考えて-
一、蛇を選んだ場合
早苗はどこからともなく、弾幕を打ち出す時に使う幣(ぬき)を取り出す。
「おい、待ってくれ。どこから取り出したんだよそれ。というか、弾幕でも撃つ積りか?
こんな室内でどうする気だ。」
彼女が怒りのあまり弾幕を打ち込むことを避けようと、私は必死に説得をする。
一方彼女は冷静に怒りつつ、私に告げる。
「いいえ、弾幕は撃ちませんよ、弾幕は。」
「じゃあ一体何をするつもりなんだ?」
「○○さん。奇跡を見せますね。」
-ちょっと魚を捌きますね-とでもいうような口調で、早苗は奇跡を起こす。
彼女にとってはそれは当たり前の事であろう。彼女が持つ幣が私の指輪に
触れると、一瞬光が差した後指に激痛が走る。痛みに悶える私に彼女が再度
腕を振るうと今度は忽ち痛みが消えるが、指輪は尚も私の指に食い込んでいく。
完全に周りの皮膚と同じ大きさになってしまった指輪を見て、早苗は嬉しそうに
私に言った。
「これで指輪は外せませんよ。でも、一日経ったら奇跡の効果が無くなって
しまってもう一度あの痛みが走りますから、毎晩私の所に来て下さいね。」
二、蛙を選んだ場合
早苗は私の手を自分の口元に持っていき、やおら私の指を舐める。滑らかな
舌が指輪を外した指に触れ、脳髄に痺れるような刺激を伝えていく。たっぷりと
一分は指を舐めた後、早苗は僕の指を手ぬぐいで拭き指輪を嵌める。
「これでお仕舞いです。もう指輪を外したら駄目ですよ。三十分も外していれば
指が腫れて痒くて痒くて…。それはもう、霜焼けの何倍もすごくなるんですから。」
寝る時はどうするんだよと、呆れて早苗に問いかけると嬉しそうに返事を返す。
「私の唾とかを取り込むと暫く大丈夫ですから…。毎晩…。」
そう言って浮かれる早苗を見ながら、外界ではこのような姿を恍惚のポーズと表すのかと
私は思わず思考を放棄してしまった。
最終更新:2016年05月23日 22:36