ギスギス命蓮寺

里につくまで、白蓮は何度も○○を観ていた。
最初の切っ掛けは○○の袖が腕に腕に触れた時である。
彼女は「いつものように」里に着くまで○○ととりとめのない話をしようと考えていた。
それは里に隣接するといってもいいほど近い命蓮寺からすれば非常に短い時間ではあるものの、それ故に白蓮はその時間を大切にしてきた。
寺をでてから最初の曲がり角からいつも始まるその時間を、白蓮は飴玉をしゃぶりきるようにじっくりと味わい、胸に刻んできた。
寺内で、白蓮が○○に……率直に言えば幻影の○○に話し掛けることはない。
厳密にはあるが、それは彼女が「二人きり」だと認識している時に限り、またこのようになった白蓮は人の気配に非常に鋭敏であった。
結果、白蓮は○○を見つめ続けてきた。○○だけを。
他の面々と共同生活をおくる○○を、彼だけ見るのは不可能である。
しかし、彼女にはそれが出来た。
もはや、妄想が産み出した○○と、実在する○○との境界はあいまいであり、彼女はその二人でもあり一人でもある○○を無意識に上手く使い分けていた。
いや、無意識にというよりは自然とそうできるように成長していた。
その彼女が、そろそろ○○が話し掛けてくる頃合いと見込んで胸を高鳴らせていた時に、彼の袖が触れた。
腕をやさしく叩いたそれに、白蓮は反射的に夢から引き戻されてしまった。

「?」
「……っ、……え、あ、いえ、…………」

はっとして○○を見る白蓮を、○○は「何か?」と視線で伺うが、それに彼女は精神を激しく掻き乱されてしまった。

○○がいる。
私の隣に。
……いえ、そうです、今日は一緒にいるのでした。
…………今日は?
あ、いえ、いえ、ちが……ちがくは……いつも
居る。
居ます、ね?
あれ……え、と……

白蓮は「考える事を封印する」ことを自覚的に行うことに手こずった。
それは、次の疑問、何故を産んでしまう。
何故そうするのか、そうしたいのか。
それを産まず、産まれても気にせず、自然と忘れてしまわなけらばならない。
しかし、手こずっていた。
何時もなら、さしたる苦もなく至れる場所に辿り着くことがまるで出来なかった。
その理由に、白蓮気付けない。
ーー○○が、近くで自分を観ている。
この、致命的に非日常的な要素が、毒のように白蓮の思考を侵し、彼女の日常を犯していた。
○○が、近くに……
本当に……?
居る?

白蓮は幾度も○○の姿を確認した。
里に着くまで幾度も。
その間、彼女が○○と話すことは珍しくなかった。

白蓮が挙動不審に陥っていた頃、寺では二人、いまだ見送りのままその場を離れずにいた。
村沙水蜜と寅丸星である。

「いっちゃったね」
「……? ええ」

不満げに門に寄りかかる村沙を、星はそうですね、と頷いた。
そしてそのまま寺での雑事を済ませるべく、踵を返した。
しかし、それが何故だが村沙は面白くなかった。
星のその「なんということもない」という余裕が憎らしかった。

「嫌じゃないの?」

村沙はうつむきながらも、星を見ている。
それはある意味、すがるようなものだった。
村沙は自分が○○を好きなことに、もはや疑うことはない。
○○が好き。
私は、○○が好き。
私は……いや、「私達は○○が好き」
であれば、同じ気持ちではないのか?
○○が違う女と二人で出掛けることに、不安は、不満はないの?
そう思って、同士だと信じて、村沙は星にすがったのだ。

「いえ、特には」
「……ッ!」

それを星は振り払った。
いや、彼女にはその気は全く無かった。
本心から特に危機感も、嫉妬もなにも抱いてはいなかったのだ。
それは二人を信じているから。
○○を愛しているから。

○○に愛されているのを、自覚しているから。

だから、なんでもなかったのだ。
しかしそれは……それはあまりにも村沙に残酷だった。
すがる、という行為は即ち願いである。
願いとは信仰であり、助けを求める儚きものの声そのもの。
村沙は、おもいしった。
そう、そうだった……
この、この女は、○○と愛し合っているんだった。と。
彼女を星、と呼ぶことを村沙の○○を愛している部分と同じところが拒否した。

そうだよね?
星は○○の全部持ってるもんね?
例えば、そう、海は船を叱ったりしない。
水が減るとか、魚がへるとか言わない。
何故? だって全てを持ってるから。
そんな事、いちいち気にもとめない。
……気にもとめないうえで、気が向けは何時でもそれを引っくり返せる。
別に怒りからでもなく、楽しいからでもなく、気紛れで、いつでもそうできる。

海、さらには自然の猛威に激情はない。
それを、その一部であった村沙はよく知っていた。
さらには、そうした大きなものが無感動だということも。
奪われることの悲しさも、寂しさも知らない。
逆にいえば、その楽しさも知らない。

「星!!」

と、村沙は叫んだ。
その声には、わずかばかりの旬順があった。
今からいうことを、そう、今更言うこのことを、星が知っているのは分かっている。
そして、自分が圧倒的に不利な……ある意味死に体である地点にいることも分かっている。
しかし、今、言うべきだと村沙は思った。
そうしなければいけないと。

「私、○○が好き!」

こちらを向いてすらいない相手に、ケンカの相手は自分だと、せめても認めさせなければ、戦うことすら出来ない。
今まで二人は上手くやっていた。
星は村沙と○○の時間をとやかく言う事など無かったし、村沙も気兼ねなく○○との時間を楽しんできた。
しかし、違ったのだ。
二人とも○○と親愛と恋慕を募らせて過ごしながらも、二人は違ったのだ。
私は、オコボレを与ってきたのだと。
星は、私にホドコシテきたのだと。
それは詰まり、分け合う関係ではない。
一方的な、甕も柄杓も相手に握られて、ただ自分は伏して皿を捧げ持ち、待つだけ。
それを変える。
そんな惨めな関係を変える。

私に、獲る気があると分からせてやる。
私に、盗られるかもしれないと、脅えさせてやる。

「○○を、ですか?」

と、星は訝しげに問うとゆっくりと振り向いた。

「知ってますよ?」

そして、朗らかにわらったのだった。



○○は人里について感嘆の声をもらした。
人通りの多い、外の言葉でいうならメインストリートとでも言えばいいのか、兎も角大通りをざっと見回しただけでもある種の人々が目についた。
蛍の女妖怪と寄り添い、歩きづらそうにしてる男、男の三歩後ろをしずしずと付き従う一角の鬼、路地裏に男を引っ張り混もうとしてる里の守護者……等々だ。
つまり、人間と妖怪とのカップルがなん組も、そこかしこに溢れているのだ。

「これは……」

と、息を飲んだ○○だが、しかし我が身を省みて肩をすくめた。
そう。自分もそのなかの一人なのだと、○○は思い至った。
寅丸星のことを○○は心底愛していた。
いついかなるときでも、瞼を閉じるまでもなく彼女の姿を思い浮かべることができる。
貞淑で、しかし極まれに貪欲に自分を求め、呼ぶ星の声。
「幸せ……」と、自分の胸の上で呟く星の温もり。
おかえりなさい、と出迎える星のはにかむ笑顔。
どれも眩いばかりに煌めく宝物である。
この自分の満ち足りた気持ちを、里のそこかしこで共有できそうな者達がいる……

「幻想郷にきて良かった……」

本心から○○はそう口にしていた。
人と妖怪……時には神の、この楽園を目の当たりにした○○は、兼ねてからこの光景目指していたであろう白蓮に、尊敬の念を新たにした。

「はい……?」

しかし、チラ見からガン見にフェイズを移行した白蓮は、なんとなく返事を返した。
○○が、自分の隣にいて、しかも自分だけに、笑顔で、話しかけている。
それだけで白蓮はいっぱいであった。

そうこうしている間に、一人の男が竜巻と共に現れた天狗に抱きつかれたかと思うと、次の瞬間には流れ星のように尾を引いて飛び上がり消えていった。
○○は、きっと迎えにでも来たのだろうと、あたりをつけ「お熱いことだなぁ」と、そうした時期を過ぎた先達としての余裕を持って、それを眺めた。
そして、それは一面的な見方ではあるが、正しく合っている。
連れ去られる男の顔は、○○からはよく見えなかった。

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最終更新:2016年05月23日 22:43