>>541


俺と妖夢は人里から離れた場所まで来ていた。
どうせ客は来ないと思って外に出たのはいいが、いかんせん女と二人きりというのは少々気まずい。
何を話そうか悶々と悩む俺に比べ、妖夢はじっとこちらを見てくる。鍛冶屋を出てからこんな感じだ。

「おい、さっきから何なんだ?俺の顔に何か付いてるのか?」

一度止まり、妖夢の方を向く。

「あ!すみません。なんでも無いんです。ただちょっと鍛冶屋にいる時と雰囲気が違うなぁと思っただけでして。ええ。」

妖夢は少し巻き舌で話した。まるで何か隠すように。

「雰囲気が違う?」

それはどんな風にだろう。そんな事言われた事も無い。

「はい。普段はいかにも職人さんっていう感じでかっこいいのですが、外では力仕事は任せろ!って感じでまた別の格好良さがあります!」

俺は目を丸くした。こいつ今何て言った?

「は?俺がかっこいい?」

聞き間違いだな。周りから死人みたいな奴だ、なんて言われている人間がかっこいいなんて有り得ない。
確かに筋肉はあるほうだと思うが...。

「ええ。〇〇さんは素敵な人です!」

先程まで能面のような顔をして此方を見てきた妖夢とは打って変わり、子供が憧れの正義の味方を語るような表情になった。

「そ、そうか。素直に褒め言葉として受け取っておくが、それ以上は言うな。ちょいとむず痒いぞ。」

面向かって話されると余計に面映い。

「そうですか?私、〇〇さんの良いところいっぱい言えますよ?」

まだまだ話し足りません、といった顔になる。
待て待て。これ以上あると言うのか。勘弁してくれ。褒めても何も出ないぞ?
一体、今日の妖夢はどうしたんだ?ぐいぐい来るな。真っ直ぐに。
普段から何を考えてるんだか分からない奴だが、今日はいつにも増して読めない。

「もういいもういい。俺の話はもういい。外に出て自分の魅力を話されたって困る。そんな事より何処まで散歩するんだ?あまり危険区域には行かないぞ。」

なんやかんやでそれなりに遠くまで来ていた。あまりに人里から離れすぎると妖怪が襲ってくるかもしれない。
妖夢は大丈夫だろうが、俺は戦う術など持ち合わせていない。弾幕一つでイチコロだ。

「心配は要りませんよ。この辺は安全です。妖怪なんて一切居ません。いるわけがありません。」

なんだって?妖怪がいるわけがない?

「それはどう…。」
「目的地まで私が〇〇さんを運んで行っても良かったのですがそれではでー...。いえお散歩という感じでは無かったので少しの間は徒歩で来ました。」

聞こうと思ったら途切らされてしまった。…まあいいか。

「んん...。それで目的地ってのは?」

妖夢に運んでもらうと言ったな。どうにも嫌な予感がする。

「冥界です。」


.........。は?......冥界?

「お、お、お前...俺を殺すのか!?」

冗談じゃないぞ!!今の生活はそれなりに満足しているんだ!!馬鹿も休み休みに....!。

「ああああ!!違います!!違います!!〇〇さんを死なせる訳じゃありませんよ!!」

ではどうするんだ!冥界とは死んだ者が行く世界。つまり俺に死ねって言っているんじゃないか!

「じゃどうやって行くんだ!っていうか何で行くんだ!」

出会ったときからそうだ!ほんと何考えているんだ!!

「ですから、私が〇〇さんを運んで行きます。行く理由は私が其処に住んでいるからです。」

住んでる?冥界に?......。そういや此奴は半人半霊だった。前から何処に住んでるか疑問だったが冥界だったとは...。

「はぁ...。そうかい。理由になってないがわかったよ。生きたままでも行けるなら行ってみたい気はする。」

山の巫女さんが常識に囚われてはいけないと言っていた意味を今理解した。
生まれも育ちも幻想郷だが、今ようやく認識したな。
西も東も分からない外来人とは違って自分は分かっているつもりだったが...。

「流石、〇〇さんです。切り替えが早い。そういう所、好きですよ。」

馬鹿。なんでそーゆのさらっと言えるんだ。俺はお前の事なんて何とも思っちゃいねーぞ。

「はいはい。わかったわかった。ほら連れてってくれ。」

女の子に運んでもらうなどと男としてどうかとは思うが、今更断っても此奴はきっと無理矢理連れて行こうとするだろうから妖夢に任せよう。

「............。本当なのにな.........。」

何か妖夢がぼそりと呟く。

「? 何か言ったか?」

先程と違い、妖夢は少し萎れた表情になる。

「......いえ。それでは行きましょうか!」

俺の背中を妖夢が抱き着いてふっと空に浮く。空に浮くという行為に少々興奮する。
不思議と恐怖はない。此奴のお陰だろうか。地上とは暫しの間、お別れし、ゆっくりと空に上がる。
当初は唯の散歩だったのにいつ間にやらあの世行きだ。

「もっと高度上げますけど、暴れないで下さいね。.........う~ん、もっと胸を当てれば良いのかな......。」

「え?なんだって?」

「いえいえなんでもないでーすよ。ふふっ...。」

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最終更新:2016年05月23日 22:46