精一杯の愛情

 僕の隣にはクラスメイトの宇佐見がいる。彼女と言えば聞こえはいいのであるが、生憎そういった関係でもない。
むしろ気の置けない友人といった、恋愛を越えた感覚を僕は彼女に持っていた。
 僕は彼女と親しいため、時折彼女に頼み事をするのであるが、彼女は僕の頼み事を大抵断らない。彼女が出来る
ことならば、大抵のことは二つ返事ならぬ一つ返事で引き受けるため、時折心配になるくらいであるが、一方の彼女は
僕にあまり頼み事をしない。
 僕は自分の後ろめたさもあってか、彼女に何か埋め合わせするものは無いかと尋ねるのであるが、彼女は大抵無欲で
あるようで、あまり僕に高価な物は要求せずに、僕を彼女の買い物に付き合わせる程度である。その時にも彼女は大抵
付き合わせて悪いねと僕に奢るので、かえって僕の方が申し訳なくなる位であった。

 そんなある日、僕が弁当と財布と携帯を、要は学生に必要な物一式を寝坊しかけて忘れた日には、彼女から昼食代を借りようと
したのであったが、彼女は僕に自分の弁当を渡そうとしたし、それを断わり昼食代を借りようとすると、自分の財布から
茶色の札をこともなげに僕に渡してきた。僕の財布の中には普段入っていることがない金額を、一回の食事代として渡された
のであるから、僕は突っ返そうとしたのであるが、彼女は頑として受け取ろうとしなかったし、僕が翌日崩れた札で耳を揃えて返した
時には、別に返さなくても良かったのにとさえ、豪語していた。
 僕はあんまりにも学生の分を越えている、彼女の金銭感覚に驚くばかりであったが、彼女の名字が此処らで有名な財閥と同じ
であったため、恐らく財閥の遠い親戚ではないかと、その事については深く考えなかった。後になって分かるのであるが、彼女
の実家がグループに役員を多数送り込んでおり、本人は中心の会社の社長の娘であると知っていれば、僕の彼女への扱いも変わったの
かも知れない。勿論全ては遅すぎた事であるのだが。

 僕が彼女のぶっ飛んだ感覚を知ってから後、クラスの友人が彼女が僕に恋愛感情を抱いているのではないかと囃すことがあった。
その時初めて僕は知ったのであるが、彼女が頼み事を聞くのは専ら僕だけであると評判のようであった。他のクラスメイトが彼女
に何か頼み事をしても大抵すげなく断っており、実家の力を嵩に着た気取り屋とその手下も言われているようであった。しかし幸いにも
そう言っている連中は極一部の、彼女に取り入って彼女から金を引き出そうとしたさもしい奴らであったため、程なく喫煙やら飲酒
やら万引きといった小悪党らしい悪事がバレてしまい、一網打尽に停学やら退学となっていた。どうやって学校にバレたのかは謎で
あったのだが、友人達の間では専ら誰かがインターネットに投稿したのではないかというのが有力な説であった。

 それから暫くして新学期が始まった時に、退屈していた僕の中でふといたずら心が芽生えてしまった。彼女が僕にぞっこんらしいと
先日に友人から聞いていた僕は、彼女の愛情を確かめてみようと思ってしまった。彼女でもない、唯の友人をそんなことに巻き込む
ことは彼女の好意を切り裂くようなことであるのだが、四月馬鹿に毒されていた僕はその時は気にも止めなかった。例え彼女が怒った
としても、エイプリルフールを錦の旗にしてしまえばいいのと簡単に考えていたのであった。何故だか彼女は僕に怒ってみせたことが
一度も無く、僕は彼女にとびっきりの嘘を仕掛けるのであった。

 彼女に電話を掛けて夜分に呼び出す。普段ならば外出するには億劫になる時刻であるが、メールの文面に「今すぐ金が必要だ。
菫子助けてくれ。」とでも書けば彼女はすっ飛んでくるであろう。
普段は使わない気障な言葉を使う位には、僕は自分の悪い冗談に酔いしれていた。

 彼女との待ち合わせ場所に指定した公園は、一面闇に包まれており街灯に照らされた錆び付いたブランコが、人気のない公園で密かに
息づいていた。僕はブランコに座りながら彼女の到着を待つと、思ったよりも随分早く彼女が走って駆けよってきた。ドラマで見る
ような大きなアタッシュケースを抱えていたのだから、思わず僕はにやけてしまったのだが、彼女はそれを自分への笑顔と受け取ったよう
であった。僕はホッとした表情を浮かべて駆け寄った彼女に声を掛ける。

「宇佐見、ありがとう。」
「いいの、別に。大丈夫なの?誰かに脅されているの?」

真剣な彼女に僕は笑ってしまう。
「いや、実はエイプリルフールだったから、ゴメンゴメン。」
「本当?潰してやったあいつらに殴られたりしなかったの?」

あくまでも僕が脅されていると心配する菫子に、僕は尚も
ネタばらしをする。
「本当だよ。いや、宇佐見ならすっ飛んでくるんじゃないかと思っていたら、本当にこんな時間で来てくれて、家にいたんじゃなかったの?」
「本当なの?」
「だから、さっきから言っているんじゃないか。唯のエイプリルフールだったって。」
「良かった・・・。」

菫子が泣き出してしまい、ばつが悪くなった僕は宥めるために、話題を変えようとする。
「それにしても、大きいケースだね。何が入っているの?」

涙をしゃくり上げて彼女が答える。
「うん、お金・・・。自分の部屋にあったの全部・・・。」
「どれ位?」

僕は気軽に彼女に尋ねる。まるでお金が多ければ多いほど、自分への愛が深いように。
「この時間では一千万しか集まらなくて・・・。」
「え?」

「御免なさい!本当はもっと集めなければいけなかったんだけれど、時間が無くて!でも、小切手はあるよ!ほら、一億円!」
「ほ、本物?」
「本物だよ!真っ新な新札だけれど、新聞紙じゃないから!」

どん引きした僕に気づかず、安心した彼女は僕の一着千円の服に顔を擦りつける。普段の余裕のある彼女とは違う姿に、思わず僕は心の声をはき
出していた。
「うわー、一千万とか、頭おかしいんじゃね?」
「どういうこと・・・?」
「一千万とか、馬鹿みたいってこと!学生の癖にそんな大金を持つから、あんなこと言われるんだよ。」
「違うの! 私のお金なの! 実家は関係ないよ!」

必死で僕に嫌われまいとする彼女を見ても、僕の口は止まらずに傷付けていく。
「実家が関係ないとか、無理でしょ。そんな大金。それとも売りでもやってたの?」
「やってないよ! 私、○○以外とはそんなことしたくない!」
「て、いうか菫子重いよ。」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」

僕が悪いにも関わらず、彼女は僕に謝り続ける。そんな彼女を見ていると、僕がいかに悪人かと思い知らされるようで、僕はその場を立ち去ろうとした。
「バイバイ。暫くお前の顔見たくないから。」
「駄目・・・。」
「離せよ。」
「絶対駄目。」

服を掴む彼女を引きはがそうとするが、細腕の癖して火事場のの馬鹿力とでも言うべきなのか、全く僕より離れない。彼女の指を剥がそうと悪戦苦闘している内に、鈴虫の
音が辺りより大きく聞こえてきた。
 不審に思い周囲を見渡すと、公園のブランコや滑り台は消え失せていた。電灯が消えたかと思ったが、自分の周囲には大きな木が生い茂っている。そして何よりも自分と
菫子を、満月と満天の星空が照らしていた事に、僕は大いに混乱する。
「え、ここどこ?なんで三日月が満月になってんの?」
「ここは幻想郷。私の力で来たの。」

 ここが幻想郷で自分の超能力で来たと話す彼女を信じる事が出来ず、僕は彼女に駄々を捏ねるように叫ぶ。
「そんなことない!」
「私、○○には嘘は付かないよ。○○が好きだった隣のクラスの子が付き合っている人とか、教えてあげたでしょ。あれ、私の透視でメールを盗み見たの。」

更に彼女の独白は続く。
「お金だってそう。透視とか、読心術とか色々使えば結構簡単に儲けることができるんだよ。」

「ねえ、○○が無事で良かった。でも○○が離れてしまうのは駄目。絶対に駄目。私の他の全てを犠牲にしても、○○の事愛してる。」
最終更新:2017年06月13日 22:58