永琳女史の診察カルテ5
永琳の診察室は通常、昼間に患者の診察を行っている。夜になると
里の外には低級な妖怪が人間を喰ってやろうと彷徨いており、余程の
ことが無い限りは、安全な昼間に永遠亭に来るのであった。
しかし夜の診察室にも電球が灯っている。普段は昼間に診察した
患者のカルテの整理や新薬の開発をしているのであるが、時折そんな
彼女の部屋に訪れる人影がある。態々人目を忍ぶように永遠亭の裏口
から入ってくるその人影は、大抵訳ありである。例えば地味な馬車に
信用できる使用人を連れて訪れた、稗田家の令嬢のように。
優曇華の案内で診察室に入った阿求は永琳に尋ねる。
「八意先生、一寸欲しい薬品がありまして。」
-どのような薬品ですか?-
「ええ、先生の前ですのではっきりと申し上げますが、人間を依存させる
薬品を頂けませんか。」
-依存させる、ですか…。-
「人里の犯罪者の取り調べの為にも、自白剤も必要でして。」
-うーん、そういった薬品類は本来ならば、魔女が作るのが最適なのですが。
どうにかやってみましょうか。-
「お願いします。」
-それでは依存の方ですが、誰かを依存させる為には、いくつか手段がありますが、
今回は二種類の薬品を使用しましょう。脳内の神経に作用して常に不安感を感じ
させる薬品と、其の薬品を一時的に阻害する舌下薬を処方します。-
「さしずめセロトニン枯渇薬とでもいった所ですか。」
-ええ、ですので使用し過ぎると鬱病を発症する恐れがありますので、ご注意下さい。-
「自白剤の方は如何ですか?」
-心の中で思っていることを言わせる薬品は有りませんので、此方も別の薬品を
使用します。アルコールの様に脳の大脳を麻痺させて、普段は抑制して言わない
ことをベラベラと話すようになりますよ。-
「それは自白剤と同じでは?」
-言いたくないことを言わせることは出来ませんよ。ただ、言いたくないことが
有ることは言ってくれますが。あと、脳内のみに作用しますので、他の部位には
特段作用しませんので。-
「成る程。それでは此方を頂きます。」
-十四回分になります。-
阿求は一応犯罪者の自白用としているが、その用途ならば幻想郷ではあまり
意味が無い。上白沢や四季といった存在がいれば、本人が覚えていないことも
微細に教えてくれるであろうし、どれ程取り繕うと
地霊殿の主がいれば全て
丸裸となってしまう。妖怪に手を借りたくないのであれば、昔ながらの陰惨な
強制が使われるだけであるので、結局は唯一つの目的に使われる。
傷を付けずに本音を聞き出して、自分以外の人物を好いていたのならば、
その好意を自分に向けさせること-そのために業と舌に含んで使用する薬品
と、頭脳のみを麻痺させる薬を処方したのだから。
最終更新:2017年01月01日 20:44