冥婚
僕が魂魄妖夢の彼氏であった。あったというのは過去系の
話であり、何故かといえば、彼女とは死別してしまったため
である。僕が彼女と付き合っていたのは半年ほど前の話であり、
元はと言えば里に買い物に来ていた彼女と知り合い、付き合う
ことになったのは数年前の話であることであるので、彼女との
付き合いは結局の所、かなり長い間のものであったのであろう。
彼女が死んだと聞いたのは、暑い夏が終わりようやく秋の日々
がやって来るであろう時のことであった。僕が里の店で働いて
いるときに、彼女が死んだとの知らせを受けた後、僕の記憶は
すっかりと無くなっていた。恐らく彼女の葬儀に出たのであろう
し、彼女の親族に会ったのであろうが、如何せんその時の自分は
余りにも衝撃を受けており当時の記憶は全く何も無い。
辛うじて覚えていたのは、葬儀の時に彼女の雇主として僕に
挨拶をした女性の姿であり、黒色の喪服が彼女の白い肌に映え
頭が麻痺してしまっていた僕は不覚にも彼女が美しいとさえ
思ってしまっていた。
しかし葬儀が終わった後に自分の部屋でうら寂しく過ごして
いると、かつての彼女の姿が目の前にちらつきどうしようも
なくなってきた。
そこで里の世話役であった上白沢に、彼女の実家を教えて
貰おうとしたのであるが、上白沢が言うには彼女は冥界の出身で
あるらしく、空も飛べず結界も越えられない自分としては、全く
もって線香すらあげることが出来ないと聞き、僕は彼女を思い
出すことすら出来ないのかと思うと、唯々色褪せた幻想郷で
惰性に任せて生きて行くしかなかった。
そうして季節は過ぎ、実りの秋が来た後には厳しい冬となり、
寒さが漸く緩み始めた頃に、僕は再びあの女性に出会った。
西行寺幽々子に。
彼女は葬儀の時とは異なり薄桃色の着物を着ていた。やはり
白い肌が彼女の首筋を栄えてさせており、僕が彼女にこの世の
ものではないような美しさを感じた程であった。彼女は半年前と
変わらない透き通るような声で挨拶を交わした後に、僕に頼み
ごとをする。
「○○さん。本日はお願いがありまして此方に伺いました。」
「お願いといいますと。」
何のことか見当が付かない僕に、彼女は深く切り込んでくる。
「実は私の従者、妖夢と結婚をして頂きたくて。」
「何を言っているんですか?彼女は死にましたよ!」
目の前の彼女が妖夢の死を弄ぶような気がした僕は、彼女に
大声で反駁する。
「ええ、死んでおります。ですので死者との結婚、つまり冥婚
となります。」
「めい、こん…? 何ですかそれ。」
何のことか要領が掴めない僕に、彼女は丁寧に説明していく。
-曰く、生者と死者の結婚であること。
-曰く、彼女の供養のためのものであること。
-曰く、式を西行寺家の白玉楼にて執り行いたいこと。
僕の心は揺れていた。彼女を愛していたのは事実であるが、
かといって死後も彼女と添い遂げるというのは、何か違う気がする。
生者と死者の間には、渡れぬ川があった世界の人間としては、
何か言葉には出来ないが、えもいわれぬような、敢えて言うならば
妖夢を冒涜するような心持ちがしたため、僕はこの話を断ろうとした。
「わざわざお越し頂きましたが、このお話はお断りさせて頂きます。」
「いえ、○○さんのことを好いていた妖夢のためにも、是非に。」
僕が彼女に断る事を告げると、彼女は尚も食い下がってきた。どこかの
遠い所からわざわざ来たのであろうから、少々のことで引き下がる訳には
いかないのであろうが、此方としては引き受ける気がないため、お断り
するより他にない。
「申し訳ございませんが、死者との結婚は引き受けられません。」
「何故ですか、妖夢はあなたの所為で死んだのですよ!」
痛い所を付いてくる。確かに妖夢は僕の所為で死んだ。僕に執着していた
-外界の言葉を使えばストーカーという奴であろう-里の女性に話を付ける
為に一人で勝手に会い、そこでその女性に刺し殺された。僕としては
穏便に包囲網を敷こうとしていた最中のことであり、里の重鎮の協力
も得られそうな状態であったため、どうしてそんな突っ走ってしまった
のかと忸怩たる思いであったが、兎に角僕の所為で死んだことは事実である。
「どうか、妖夢の為に、是非に…。西行寺家に良く仕えてくれた子で
したので…。」
すっかり押されて言葉が出なくなってしまった僕に、尚も彼女は押してくる。
「西行寺家としても、精一杯○○さんにご支援させて頂きます。」
-それに、私自身も-
そう言って僕に詰め寄る彼女から、急に桜の花びらの香りが僕の鼻に届く。
着物から見える彼女の白い肌と、桃色の唇から目が離せなくなった僕は、
思わず彼女を押し倒していた。
式の当日になり、
幽々子に連れられて西行寺家に到着した僕は、控えの
間で一時間以上も待たされていた。既に僕の着付けは終わっているのである
のだから、他の準備はそう無いのであろうがいやに時間が掛かっている。
そして会場に向かった僕の目に、二度と目にする筈のない人の姿が写る。
白無垢を着た妖夢は静かに僕の前に進み出た後、小声で僕だけに聞こえるように
小声で話す。
「○○さん、これで一生一緒ですよ。いえ、○○さんが死んでも私達は一緒ですよ。」
最終更新:2017年01月01日 20:48