アナタノタメニウマレタ。

「首を……?」
「そう、首を」

何処を?という意味ではなく、何故?と問うた○○に、彼の恋人--藤原妹紅即座に応えた。

「お前に、私の首を絞めて欲しいんだ」

そう復唱する妹紅は、気恥ずかしそうに視線を落とすと、その白い頬を染めた。
両手を脚で挟むようにしてぺたりと座る妹紅は、ゆるゆるとその体を左右に揺らしながら○○を待っていた。

「……そんなこと言ったってお前……マジで?」

○○は混乱した。
その口は卑屈げにつり上がり、まるで冗談だと言われなんだそうかと笑い返すのを待ち構えるようだった。
が、しかし妹紅からは○○が望む応えはかえっては来ない。
二人の住むあばら家の中心に位置する囲炉裏の火が、時を刻むように何度か鳴いた。

「死んじまうだろ」
「ああ、死ぬよ」
「ふざけるな。俺が惚れた女絞め殺すような男にみえるのか」
「ふざけてない。あんただから殺して欲しい」

○○は怒り……を演じた。
妹紅の様子が、切羽詰まったものであるなら、もしくは悲壮な何かを垂れ流していたなら、それは演技するまでもなく自然と沸き上がってきただろう。
しかし、妹紅はあくまでも照れくさそうに、ともすれば性的な興奮すら感じているかのように○○へと訴えてくるのだ。
私を絞め殺して欲しい、と。

「何故そんな……おい、俺を見ろ」

○○はまるで分からなくなり、少しでも何かを得ようと、妹紅との繋がりを得ようと、彼女の肩を掴み鼻頭を擦り合わせるほど密着した。
視点の最小距離ぎりぎりに接近した○○には、妹紅の赤い瞳がその虹彩までハッキリと見える。
鼻孔からは、少しの汗と、その奥に控えた香(こう)のような艶やかな芳香。そして妹紅の唇の匂いが流れてくる。
何時もなら、この距離にお互いがいれば間もなくその唇を合わせ、ついばみ愛を囁き会うというのに……

「……キス、したい……この距離にいると」

照れくさそうに、しかし情欲をたっぷりと含んだ吐息で、妹紅は囁くように息を吐いた。
○○の鼻孔には、妹紅の唾液と粘膜、そして肉の酸味がより濃く匂った。

「そんなの……いや、そうだな。そうだ。キスしてエッチして、寝よう。普通に。そんで明日は」
「うん。そのあとでもいいから、私を殺してね」
「なんでだよ!」

とうとう○○は耐えきれず、だんと板の間に妹紅を押し倒した。
妹紅の焼き付くした灰のような白い髪が放射状に広がり、まるで水溜まりのように歪んだ円を描いていた。
その円を、妹紅は縦断する橋のように身を横たえ、○○をじっと見ていた。

「この手がね、好きなんだ。あったかくて、程よく固くて」

妹紅は○○の手を指先で撫で、うっとりとした声で囁く。
そして、やおら○○の手首を掴むと今度は有無を言わせぬ力で自らの細首へと導いた。

「この手に殺されたいんだ」

赤い瞳で、じっと○○へと乞う。
彼女の意思は固かった。
何がなんでも、○○の手で殺されたい。そう言っている。

「なんでだよぉ……俺はお前と添い遂げる為に、その為だけに、ここに残ったんだぞ? なのになんでお前を殺さないとならないんだ!
俺はお前と生きたいんだ。お前とずっと、ずっと! いちゃいちゃしたり、喧嘩したり、子供とか作ったりしていきたいんだ!」

半泣きの、裏がった声で○○は訴えた。
もはやここに来て、○○に出来るのは泣き落とししかなかったのだ。
子供、という単語に妹紅の視線がわずかに泳いだのにはしかし、○○は気付かなかった。

「嬉しい……嬉しいよ○○。だからこそ…」
「なんで!」
「お前の……貴方の手で死んで、そして生まれ変わりたいんだ」
「ああ?!」

何がそうまで彼女をさせるのか。
○○は分からず、声をあらげた。
それで自分を置いていっては仕様がないではないか!と。
自分と過ごす時間に、そんなに意味がないのかと。
自分はずっとずっと居たいのに、と。
そう叫ぶ○○に、一瞬だけ目を丸くした妹紅は、○○が想いを叫ぶたび唇を釣り上げ、瞳を潤ませた。


妹紅はほんの少し後悔した。
しまったな……こんな嬉しいなんて、凄くキスしたいのに……もうちょっとだけ手をやるのを後にすればよかった……
首に回させた手と腕がつっかえ棒のようになって、動けない。そのことだけを少し後悔した。
彼に、○○にはまだ自分が不老不死だということは伝えていない。
それは、たんに面倒くさかったから伸ばし伸ばしにしていたに過ぎないが、それがこんなに嬉しい言葉をくれることになるなんて。
果報は寝て待てということか……
妹紅が、○○を愛しく思う気持ちに嘘はない。
本当に心の底から愛している。
○○のために生きたかった。ただ○○の為の自分で在りたかった。
だから、○○の手で自分を生まれ変わらせて欲しい。そう願っていた。

この体を壊すのは○○だけ。
もう輝夜にも殺させない。
そして新しく生まれた私を最初に見るのは○○ただ一人。
朝に生まれ、夜に死ぬ。
○○の為だけに生まれた、この雛鳥はきっと○○だけを追って生きる。
○○は言っていた。
ずっと私と生きたいと。
あんなにも激しく、あんなにも真剣に。
嬉しい。
とても嬉しい。
彼の願いを私は叶えてあげられる。……なんて素晴らしいんだろう!
その願いは、私もずっとずっと思ってきたこと。
嗚呼……
よかった。
はやく、はやく死にたいな。
あ、でもその前に、ちょっとその、抱いて貰おう、かな……
なんて、どうしよ。照れる。
生きるって、なんて素晴らしいんだろう。


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最終更新:2023年11月10日 10:20