霊夢/22スレ/53-60





実を言うと私博麗霊夢はどうやって空を飛んでいるのかわからない
私にとって空を飛ぶことは特別でもなんでもなくて、手足を動かすみたいに当たり前のことだったから

今にして思えばなんて愚かな女かと思う

彼との出会いを思い出せない
というよりは、思い返すほど彼との出会いは印象的なものではなかった。
繰り返していく私の毎日にいつの間にか組み込まれていて、自然と他人から知り合いに、友達に変わっていった
そうやって関係が昇華していくことになんの気持ちも抱いていなかった、おかしくなんてなかったし特別なんかでもなかった
関わるほどにお互いのことをよく知ることは当たり前のことだと思っていたから
だから、私が布団に入り夜の帳の中でいつも彼のことを思い出していたのを変に思ったりしなかった
暫く会えなくて寂しいと思う時も、彼が笑顔を見せてくれると嬉しいと思う時も、他の女の子と仲良くしている時苦しくて悲しいと思う時も
私はそう感じることの意味を、よくわかっていなくて
自然と彼のことを目で追う自分の『空に浮いている』心を捉えることができなかった

そう
当たり前に仲良くなっていく私と彼の関係は
当たり前にそのまま進展していくんだと
当たり前のように手を繋ぎ優しさを囁いて、肩をよせ微笑み合い、唇を重ね、愛を紡ぐことができるんだって
当たり前に、そうなっていくと
…………思ってた
好きになることは、当たり前なことだと思ってたの




   彼と魔理沙が手を繋いでいた


刺すような痛みが、流れた
遅れて、心を攫っていくような漣が。どうしようもないような虚しさと悲しさが押し寄せて優しい気持ちを持って行ってしまう

一目で気づいたの
二人が手を繋いでいる、その理由と意味を

同時にもう一つ気づいた
彼の繋いだ手の先にいるのが
手を繋ぐその理由が
私じゃないってことを

脳裏に焼き付いたその考えを剥がせない
もしかしたらそうじゃないかもしれない
何かの間違いかもしれない
理由も意味もなくほんとにただ手を繋いでいるだけかもしれない
そう思いたいのに
そうであって欲しいのに
あの人ことを思うだけで優しくなれたのに
悲しい気持ちが止まらなかった

痛い

初めてだった
『どうしようもない苦しみ』
今までは自由だった。どんな困難にも立ち向かえたし乗り越えてこられた
不満はあったけど不安はなかったし辛くはなかった
私は『飛べたから』

どうすればこの痛みを消せるのか
私は知らない

あの人が笑うのが、痛い

暗い膜が心を覆っていく、悲しみや苦しみが押し寄せてきて迷子になって
ぐるりぐるりと、何回も何回も同じ所をウロウロして
抜け出せなくて
不安を抱えながら明日を迎えることがこんなに辛いことだなんて、私は知らなかった
次の日も
次の日も
次の日も
次の日も
次の日も
目を閉じるのが、眠りにつくのが途方もなく恐かった
明日が来ませんように
夜が明けませんように
目が覚めませんように


どんなに辛い夜でも
朝日は必ずやってくる

いつしか私は朝が嫌いになっていた

もう、刺すのをやめて


土砂降りの雨の日だった
夕暮れはもう直ぐで、辺りはより一層光りを落としていく
蒸し暑く、不快感を閉じこめたような天気
私は彼の家の戸を叩く
彼は私が来たことに驚きを隠せないようだった。無理もない、私はずぶ濡れだった
彼は急いで私を部屋に上げるとアタフタとして、タオルを用意してくれた。けれどピタッと止まって「服までずぶ濡れなんだから、俺は何してんだ」と呟きお風呂を貸してくれた
「着替えここにおいとくからね」と脱衣所から聞こえる。
体を拭いて彼の服を着る、サイズが合わなくてブカブカだった
彼はコーヒー牛乳を差し出して、「どうしたの?」って心配してくれた。
傘が壊れたって、嘘をついた。今日退治しにいった妖怪にね、ちょっと油断してて…と作り話を始めた
彼は本当に優しくて、時に憤慨し、時に泣き、それでも私の作り話を信じてくれた

雨は止むどころかより一層激しさを増していく

渇いていた
飢えていたのだと思う、私は彼の優しさや愛しさが欲しくて藻�惜いていた
わざとずぶ濡れになって気を引くような真似をしてー
普段の私では絶対やらないこと
心が熱くなって満たされていく、同時にひどい自己嫌悪に陥る
嬉しいのにみっともない
どんどん自分が嫌いになっていく
足りなかった
彼の優しさを嬉しく思うけれど、今の私の心の渇きは潤わなかった
もっと求めるように、彼の優しさを吸った分また渇いていく


そうして、コップの底も見え作り話も限界に来た頃
私は意を決して問いかけた

「最近魔理沙と仲がいいみたいね」って

彼は笑っていたけれど、目を大きく開けて固まっていた。そっと目を逸らし口元を手で覆う
彼の…癖だった
思いがけない問いかけに答えを見繕おうとしている

「なんのことかな?」
戯けたように笑った、まるでそんなの勘違いだよって。「仲がいいみたいね」ってしか聞いてないのにはぐらかそうとしている。
私が何を問い詰めているのか気づいてる

「隠さなくてもいいのよ」
「私、見たもの。あなたが魔理沙と手を繋いでるの」
彼は、瞬きとは言えないぐらいの間瞼を閉じた
ぐっと眉間に皺が寄せて口をへの字に曲げ…大きく息を吐き出した

笑っていた

「隠してるつもりはなかったんだけどな…」
視線は相変わらず私には向けられなかった
隠していても、口の端が上がっているのがわかった
悪意もなく彼は笑みを零し照れくさそうに頬を掻く

刺すような痛みが、流れた
遅れて、心を攫っていくような漣が。どうしようもないような虚しさと悲しさが押し寄せて優しい気持ちを持って行ってしまう

笑っていた
笑っていた
笑っていた
笑っていた

ワラッテイタ…

この人は私じゃない誰かに恋してる


触れられない体の奥から何かがせり上がってくる
胸の辺りに来たところで、目頭が熱くなって手がふるえた
声を出すと泣いてしまいそうだった

「本当に隠してるつもりはなかったんだ。いや…隠してたよね、ごめん。どう報告していいものかと…魔理沙も恥ずかしがってたし」

痛くて苦しい
もう彼の目に、心に、私はいなかった
ここにはいない、私じゃない魔理沙のことで
彼の頭はいっぱいだった

魔理沙も言ってたけど、やっぱり霊夢には隠し事はきかないね」
優しくて明るいその笑顔
今はもう、眩しすぎて
私の心を焼きつけていく

彼の口から次々と魔理沙のことが告げられていく
違う、そうじゃない。口に出して欲しいのは魔理沙のことじゃない、私のことを話してほしい
私を見て欲しい
私を…想って欲しい
だって、私はあなたのことを想ってる。あなたさえ想ってくれれば、同じなはず
『たったそれだけなのに』
なんで、彼の手を握れるのが私じゃないのだろう

…同じ

彼が、私を選ばなかった理由
同じじゃなかったから
心が同じじゃなかったからだ
私の気持ちを知らなかったから
だからだろう、だったら

だったら、今気持ちを伝えればー
少しは重なる部分は存在するだろうか

優しい彼のことだから、もしかしたら私に傾いてくれるかもしれない
…いや、無理だろう。そんな不義理なことを出来ないことを私は知っている
でもどうだろう、私のこの痛みを知ってくれたなら少しは違うかもしれない
私のことを放っておけないって…情けをかけてくれるかもしれない
痛み、私の心を刺す針
刺さったままでもいい、彼がその傷を撫でてくれるなら痛みも愛おしく感じれると思う






だったら、刺そう
彼の胸を、針で突き刺すのだ



優しさが憐れみでもいい
笑顔が哀しくてもいい
私の心の渇きには
彼の血と痛みが必要だった

袖口からパスウェイジョンニードルを取り出す
彼の胸元を見る、私の痛みの在処と同じ…私はそこが痛い
吹き出てくれる、血液みたいに『私を想う気持ち』が流れてくるだろう
押さえても止まらない痛みが、私が痛かったように彼もまた痛んでくれるはず
そうしてやっと同じになれる
私の悲しみと苦しみを痛みを通して感じてくれて『気づけなくてごめんね』って優しく撫でてくれる
彼に私の気持ちを知ってもらうには、私の痛みをわかってくれなければならない
だから…刺す

ねぇ、気づいてた?

魔理沙のこと、好きなの?」

今日のリボン…あなたがプレゼントしてくれたものだったのよ?

言葉はなかった、頷きもしなかったけど
彼の、はにかんだ笑顔が全てを語っていた

私はパスウェイジョンニードルを強く、強く握り締めていたー



結論から言うと私はあの人を刺せなかった


できるはずがなかった
あの人を愛していたから
それだけじゃない、魔理沙は私の親友だから
そこに、羨望や悲愴で産んだ痛みを与えることは私にはできなかった
苦しみに飲まれ、感情のままに行動できるほど狂えなかった
けれど、だからといってその心の歪みを無かったことにできるほど強くもなかった…

魔理沙は私の親友だから、泣かせたら許さないからね」

「それと、おめでとう」

精一杯の、強がり
ほんとは泣きたい、悲しくて苦しくてしょうがない。この辛さを吐き出して彼に慰めて欲しい
どうして私じゃないのって、愛してるって叫びたい
私のものにしたい、魔理沙と別れて欲しい
でも、それはできない
できないの、どんなに苦しくても辛くても
……できない……

照れくさそうに、申し訳なさそうに、笑う彼を見て…
堪えきれなかった、ぐっと、胸の内から沸き上がってきた
私はそれを押しとどめようときつく瞼と閉じ顎を食いしばった
必死にガマンする、苦しくて、ひと呼吸した時…鼻水をすすった。それが合図だった
後は、無様に崩れるだけだった

私の醜態に彼は眉をへの字にまげて、哀しく私を見つめた
刺さってしまった
気づいたのだ、私の気持ちに
でも、遅い。遅かった、遅すぎた
こんなものじゃなかったはず、自分の想いを伝えるってこと
こんなに悲しいものなんかじゃないはずだ
もっと輝いていて、優しくて温かいはず
遅かった
私が自分の気持ちを特別だと気づくのも

どうにもならないもの
才能や努力じゃ、どうしても得られないもの
私が本当に欲していたもの
優しさと愛しさ
私はそれに気づけなかった


彼が、私を振り払わなかったのは…なんでかな
強く抑えてもいなかった、術も使わなかった
避けれないほど、速くもしなかったつもり
抵抗の意思がなかったわけでもなさそうだった
それはきっと優しさでもなかったし…愛しさでもなかったけど
私には、わからない

誰も幸せにならない選択をしてしまった
彼も、魔理沙も、そして私も…誰も幸せにならない

私は彼の唇を奪った

ごめんなさいって何度も何度も、泣いて謝った
そんな言葉とは裏腹に、歪に私の心は満たされた
最低だった

あの日以来彼は顔を合わせると哀しそうな顔をするようになった
私も、複雑だったけど、笑って…そんなに悩まないでって…言った。
私はその度に、満たされていた。最低だけどあの日のことを私は忘れない
私の痛みを知ってくれてあの日のことを決して忘れない
ずっと、ずっとずっと彼を好きでいる
心の中までは、誰にも咎めないで欲しい
どんどん自分のことを嫌いになっていく、情けなくて悲しくて、それでも私はあの人にずっと恋していく
覚えてる、あなたの笑顔、面白い話、幸せな時間
全部全部、歪みが生まれかわってもう元には戻らないけれど
今は、その哀しい顔が愛おしい
心を刺す痛みがたまらなく愛おしい
最低な恋慕の情
醜くて、空を飛んでいた私の心は地に墜ちて
後悔もしているし罪悪感もある

だけど愛おしい
あなたはずっときっと特別

いつか歪んでくれると信じてる





オワリ










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最終更新:2019年02月09日 19:07