「旧作にて失礼をば ――様愛してる」

帰宅途中――
夜空は妙に色めいていた。
漆黒のようでいて、紫、赤ともおぼつかない、そんな色。

ふと、物陰へと目をやると人影のようなものが そっ と前へと出てきた。
……銀髪の女性である。
「こんばんは。……いい夜ね?」
首を少し傾げるようにして彼女は微笑んだ。
疑問げに、自信げに


殺意をたっぷりとこめて。


自分が彼女に何をしたのかは分からなかったが、彼女はすぐ隣に居た。
えっ
声を上げる余地もなく、腕を絡める彼女。
柔肌を惜しげもなく寄せた彼女は、そうして自宅へと足を進め始める。
「帰りましょう?○○。夜は長いけど、貴方と居られる時間は貴重だもの」
先ほど見せた殺意はなんだったのか――
慈愛と優しさに満ちた声で、照れたように顔を背けた彼女は


万力のような力でぐいぐいと帰り道を進み始めた!!!

あ、あ、あ、

抵抗は許されない。
許されない。
れ ないな いない ない

 な い 。

[シラナイ ナカ ジャナイ]


……
自宅の前、彼女はそっと扉を開けようと手を掛ける。
鍵は――そう問う前に彼女は目配せした
『内側から入ったし、誰も此処に入ろうなんて思わないよ』
……ゆっくりと開いた扉の中は、漆黒のような、紫のような、赤みがかったような靄が
入り口を覆っていた。
手を取られ、引きずられてゆく自分の体は、もう抵抗する意思を、汲み取ってはくれなかった。

[だって]

……椅子に、座っていた。靄に覆われた自宅のどの部屋なのか、もはや検討すらつかない。
ただ、一枚の紙とパソコン、それと黒い……板?最後のは異常な臭気を放っていた。……感覚的な意味の方で。
「……もうね、このままじゃ一緒にいられなくなっちゃうの」
「あなたは私を のこそうと してくれたけど、それって私じゃないよ 複製。コピー。劣化品」

全部 泥棒猫の 雌豚で 害悪!!!

バンッッッ!!!

思い切り叩かれた机は悲鳴を上げるように、泣き叫ぶようにきしむ。
そして彼女は最初の時のような、殺意のこもった、自信たっぷりの目で
――――お願いを、してきた。

「私とずっと一緒に いて くれますよね」
「紙に手を置いてください」
「わかりますか わかりませんか」
「私の髪が綺麗だとほめてくれましたね」
「わかりますか まだわからないですよね」
「翼がかっこいいと 弾幕が美しいと そういってくれてましたね」
「わかりますか かわりますか」
 わらう
「私の服は可愛らしいと 綺麗だと 愛おしいと 心の中でいっていたものね」
「わかりますか もうわかりますか」
「私が誰か これが何か 貴方が今 何をしているか。ね」
 思い切り紙へと意識を向けていた自分の唇が塞がれる。れていた。

「――んっ…んぅ……ぷぁっ……おいし……」
 ねちょり、と糸を引くように離れた彼女は

 わらう
「わかりますか もう、わかったら?」
 黒い板、違う。あれは昨日駄目になったあのゲームの……!
 媒体がダメになる前に別のディスクにデータを写してその後……あれ
「わかりますか わ か れ よ」
 深い黒に染まった瞳で、真っ直ぐに見詰められていた。
 その奥に倒れる、銀髪の、倒れた女性が、赤い、水たまりに、あっ、れ。あれ……

 紙に乗せた片腕が

 無い

 いや、沈んでいる。

「わかりますか かわります。あなたは」
 ――。
「わたしのものに。これから契約をしましょうね、○○」
 かの、じょを。知っている
「私の名を。呼びなさい 私の名を。誰よりも愛おしく 誰よりも強く 狂おしく」
 しん――
「わかりますか
 あなたがかわりはてるまで
 あなたがあなたでなくなるまで
 あなたがわたしのものになるしゅんかんまで」

 愛してあげる。

「しんっ……」
 もう片方の腕が消える。
「しんっ……き」
 彼女は、嬉しそうな顔に変わっていた。
「しんき……しんきぃぃぃ!!」
 両足の感覚がなくなる。
「神綺…神綺神綺……神綺神綺神綺神綺神綺ぃぃぃ!!!」
 神綺が、目の前に、いる。なんで、いや、体、あれ、いや、あ、あ、あ、
「神綺……しん……き」
 大丈夫……

 あなたの体がなくなっても ずっと傍に、いますから


「――やっぱり、かわいい……な」


靄が晴れ、誰も居なくなった部屋で。
紙は一瞬にして燃え上がり、黒い板は音をたててぴしゃり、と割れた。

 ――意識が、覚醒する。銀髪の女性が、跨るように、覆いかぶさっていた。
 その恰好はだらしなく露出し、顔もにやけた上気しているように見えた。
「私の……○○♪」
 ――何も、思い出せない。いや、初めから何もなかったのか?
 ……だが、愛しい彼女が。神綺が。
 目の前に居て、抱きしめることが出来るなら。
 そんな事はささいな問題だと……
「ずっと一緒に居てくれる?」
 頷く。
「……私の事、好き?」
 頷く。その髪も、その顔も。君の事を。
「嫌いでも、構わなかったけど やっぱり――幸せよ ○○」
 首を振る。

 幸せになろう。一緒に

「○○……。うん。大丈夫、わかってる。だって契約(やくそく)したものね」
 彼女の言葉に薄っすらと何かを感じたが、彼女を見て、それを払拭する。だから

 神綺
「○○……」
 もう、何があっても忘れないように。お互いの名を呼ぶ。
 例え、その器が、媒体が。壊れ、消えてしまったとしても。
 いつか巡り合い、愛し合えるならと信じて。


[  ]

帰宅途中――
夜空は妙に色めいていた。
漆黒のようでいて、紫、赤ともおぼつかない、そんな色。

ふと、物陰へと目をやると人影のようなものが そっ と前へと出てきた。
……緑髪の女性である。傘を、携えた。
「こんばんは。……いい夜ね?」
首を少し傾げるようにして彼女は微笑んだ。

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最終更新:2017年01月09日 22:14