関西熟年夫婦2

荒れ畳の四畳半の上に、ちゃぶ台を置いて、テレビをつけた。はす向かいのピンクの家からは、いつもの通りに女の高い矯声が聞こえてくる。ご飯と、大根の味噌汁に、鯵の塩焼き。ぷらすで卵焼き、甘いやつ。大して気合いの入っていない献立に、彼はちらとわたしを見たが、いただきますと手を合わせてもそもそ食べ始めた。

「なあ、お前ってバツ1やん。」
何を聞いてくるのかこいつは、飯をつつきながらふる話題か。
「そやで。」
鯵をほぐしながら、そっけなく答える。ちょっと焼きすぎたかな。
一拍置いて、
「何で別れたん。」
今さら何で聞くんやろ、この人。
忘れたし、覚えとっても言うやつなんているかしらん。
「体の相性ですー。」
ありきたりなつまらん返しをしてみる。
察しなさい。
「嘘ついてるのわかるよ。ほら、先生、怒らないから正直に言いなさい。」
ほらもう、口に物詰めて喋るから。米飛んでる。
ぐいぐいとテーブルふきで口元を拭うと鬱陶しそうに首を振って抵抗してくる。
「あまりにも、臭かってん。こう、生ゴミにマヨネーズかけたみたいな。」
お前も大概やけどな。
昔はそういうのにも興奮出来てんけどな、ちょっとくどくなってきた。
「にゃんにゃん。」
「急に何よ。」
その呼び方は久しぶりにされると、ちょっと嬉しい。
顔には出さないが。
「もう、俺初老になったやん。」
ちょこんと箸を置いて、真面目な顔をして言った。
こういう顔されると、男前に見えてしまうのに、バカなわたしと気付かされる。
「早いね。」
ほんとに早い。
あ、分かった。この人嫌なこと言うわ。
「俺さ、もう四十年残ってるか、残ってないかぐらいやん。」
キャベツにソースをかけながらする話にしては重い。
「うん。」
「さきに言っとくで。」
何を言ってくるのか少し、怖くなってきた。
彼の後ろにある窓を見ると、ぱらぱら雨が降っていた。
「キョンシーはやめてくれ。」
「無理に決まってるやん。」
自分のものをわざわざ手放すわけないやん。
どんだけ苦労したと思てんのか。
「えええええ。」
手を万歳して、後ろに倒れる。シャツが捲れて、もじゃもじゃした体毛がパンツの下まで続いているのが見える。
「俺、えーきちゃんに生で会いたいのに。」
嫁の前で、こんなことを吐いてくるやつには罰が足りないらしい。
むかつくから、玉子焼きを2つとも食べてやる。ばか。
「もう、知らんし。今度から、飯作らんへん。一人で作ってよ。」
少し、いじけてみる。どうせ、録なことしか言ってこんやろうけど。
〇〇はガバッと起きてくると、這ってそっぽ向いてるわたしの後ろに回って抱きしめてきた。
「怒った?」と語尾に少し調子を上げて言った。
こんなんされても、許さへんし。
〇〇はわたしが無視してんのをいいことに、耳にかかった髪を食んでくる。
「キョンシーになったら、お前に触っても何も感じられへんから、少し寂しいのよ。」甘えるように耳に口を押し当てて呟いた。
この人にしては、大分可愛いらしいことを言ってきた。ちょろいなぁ、わたし。
わたしはたまらなくなって彼に抱きついてそのまま倒れた。
が、窓からシュシュが覗いていたので、一度中断した。

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最終更新:2017年01月09日 22:21