突き刺さる日差から身を木陰に隠しても、この炎天下では濡れた衣服もよく乾く。
 髪先から僅かに滴を滴らせながら何が面白いのか、後ろで笑みを作りながら視線を送る少女の存在ははっきり言って鬱陶しい。
 有言実行、新たな"自分だけの"小屋を作るために、少女には一切の手を貸させず、まずは木々の伐採から作業を進める。
 小川で濡らした身体とは別に、にじみ出る汗で再び身体が濡れだくになり始めたところで一息休憩をはさみ込む。

「おつかれ」
「誰の所為だ」
「キミの選好みの所為だよ」

 竹筒から水分を補給しながら上着を一度脱ぎ去り日差しに晒すと、汗に浸された布からはまるで陽炎のように蒸気が湧きあがり、瞬く間に自然乾燥された。
 こんな陽気の元で肉体労働などしていれば、数時間もすれば例え水分を補給していたとしてもぶっ倒れるだろう。
 とりあえずは作業を一旦きり上げる事にして、日干しされた草絨毯の上に転がると見降ろす影が一つ。

「誘っているのかな?」
「汗臭い野郎の半裸なぞ、嫌悪の対象でしか無かろうに」
「世の中にはそれで興奮する性癖もあるんだよ」

 即座に少女から距離を置き、それ以上先を言うなら金輪際言葉も視線も交わさず近寄らせないと意思表示。
 ケラケラと笑いながら少女も冗談だったのか「そんな誰彼構わない様な性癖は持ち合わせてない」と呆れた口調。はたしてどうだか。
 干されきった上着を再び羽織り再び木の伐採を再開すれば、ゴッゴッと規則的に、時々不規則的に音が響く。その様子を相変わらず楽しそうな目で見る少女の考えが、自分にはやはり理解できない。

「……」
「……」

 会話の無い時間、ただ木に鉞を叩きつける音だけが続いて、一度会話が途切れれば作業が終わるまで一切の言葉は無い。
 四本目の木を切り倒す頃には日も逢魔時、そう言えば少女と初めて会った時も、この季節の、このくらいの時間だったか。
 里で、屋根の上に登って、夜の境目。月が欠けて少女が落ちてきた。


 本当に、突然のことだった。
 屋根を突き破り、暗闇の中で自分を組み伏せて、驚きに硬直した自分の耳元で囁くように、少女は確かに言った。

『私と暮らそう。』

 幼く、とまではいかないけれど大人びたともいえない、少女の言葉。
 事態に認識が追いつかない自分の頭の中に、啄木鳥が自らの巣を作るように、丹念に刷り込みゆっくりと刻んでいくように啄まれた言葉。
 あの日の言葉が、いまでもずっと頭の中から消えない。片時も忘れることができない。

『私と暮らそう。』

 これはきっと言霊、呪詛の類だ。
 そういったものに耐性の無い自分は、その言葉に絡め取られているのだろう。
 酷い冗談だと笑いたいけど、冗談で無いから笑えない。

 眠る瞬間に。
『私と暮らそう。』

 夢の最中に。
『私と暮らそう。』

 起きた目覚ましに。
『私と暮らそう。』

 食事の始まりと終わりに。
『私と暮らそう。』

 頭から、耳から消して離れない言葉。もはや呼吸と同然といって差し支えなくなってきている。
 気が狂ってしまいそう、違えてしまいそう。それでも正気を保って、彼女を正確に認識している。
 その全てはあの時の彼女の言葉に対する返事で、そしてそれが支えで

『私と暮らそう。』
『なんか、生理的に無理です。ごめんなさい。』


 何も見えず動けずの暗闇の中、掛けられた言葉に返した言葉がソレだった。
 本当はそう思っていた訳じゃないし、何かを思ったわけでもない。ただそんな言葉の鋭すぎる鋸包丁が彼女の胸を抉ったのだ。
 彼女はきっと良い返事を貰えると思っていたのだろう。否定されるとも思ってなかったのだろう。
 なぜなら彼女の言葉を聞いた瞬間から自分は呪われ、縛られ、彼女に逆らえなくなったはずだったのだから。

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最終更新:2017年01月09日 22:39