探偵助手さとり9

 陸の孤島での殺人事件に巻き込まれた後、探偵は警察署にて
事情聴取を受けていた。といっても別に探偵自身が又も事件に
巻き込まれた訳ではなく、単純に先般の事件の経緯を確認する
ための参考人として呼ばれただけである。既に犯人は逮捕されて
おり、助手が持っていたカメラも無事記録が残っていたため、
犯人達の立証は既に終わっており、お役所仕事とでも言うべき
型通りの調書であった。
 担当の刑事も探偵の調書に時間を掛ける積りはなく、単純に
事件の経緯と、犯人達の行動についての説明をするものであった。

「そこで○○さんが容疑者らに対して、依頼者が殺害された可能性
と、容疑者丙の頬の傷を指摘したところ、丙は自分の犯罪を
暴露されたと思い込んだ上激高し、他三名と共謀の上、屋敷に
放火するに至ったと。○○さんは助手と共に偶然崩れた壁より
脱出し、一件落着無事でありました。っと、此方で宜しいですか?」
「はい、その内容で結構です。」


既に複数の供述が得られている中であったので、既に刑事の
方もストーリーを決めており、特段事実と異なる点も無かった
ため、あっさりと調書も終わることとなった。事実に隠された
真実とやらは山ほどあったのであるが、別段それを指摘する
こともあるまい。例えば助手は犯行を目撃(?)しておりました
が、犯行を止めると問題が面倒になりそうであったので、
あっさり被害者を見捨てました。だの、依頼人との契約では
親族に遺産を法定分以上渡さないことが成功条件でしたので、
あの後顧問弁護士から、きっちり成功報酬をせしめましたよ。
といった類いの話である。
 そうして探偵は僅か三十分で署を後にするのであるが、
警察の方は相変わらず忙しそうである。担当刑事は最後に
面倒くさいと引っ切り無しに呟いていた位であるのだから。


 事務所に帰った探偵を待ち構えていたのは、助手と新たな
依頼人であった。若い男性で身なりはしっかりとしている。
探偵が懲りずに男性に、浮気調査ですかと声を掛けようとすると、
心得たもので助手の方が機先を制して声を掛ける。

「所長、婚約者の身上調査のお客様です。」

さとりの顔に大間違いと書いてあるのを見た探偵は、そそくさと
立派な三代目ソファーに腰掛け、威厳を持って話を聞くのであった。
勿論上辺だけであったのだが。

 依頼人から婚約者の調査を受けた探偵と助手は、依頼者から
提供を受けた情報を元に婚約者の地元に向かった。本来こういった
調査の場合は、対象者の周囲の人物に接近して情報を集めること
が必要になるのであるが、助手からすれば全くの不要である。
 対象者の周囲に居るだけで情報が勝手に入ってくるし、周囲
の人物に時間を掛けて友人になって入り込むことも無しに、
対象者の人柄を聞き出すことが出来る。アリバイの為に対象者
から遠い関係で、口が堅い人物に探偵として接触すれば、外見上
も探偵の仕事を果たしたこととなる。そうして仕事は簡単に解決
するのである。仕事の方は。


 依頼人に結果を伝えた後で、探偵は脱力してソファーに沈み込む。
根は其程、真面目とは言いがたい-ようは怠け者であるのであるが-
性格であるため、依頼者に所長として結果を伝えるという、一番
探偵らしい仕事をした後は、演技もあって疲れが沸いてくる。


「あー、疲れた。」
「はい、貴方どうぞ。」
「ああ、ありがとう。」

気疲れした体に、砂糖とミルクが多めに入った珈琲を流し込む。
カップに口を付けながら、隣でペアのマグカップを傾けるさとりに
問いかける。

「なあ、さとり。」
「何ですか。貴方。」

重大な質問を。

「どうして口を開かずに今、俺は喋っているんだ?」



 自分の体に変化が起きたことを悟った探偵は、さとりを問い詰める。
しかし、さとりは平然としており、その姿からは一片の後悔や後ろめ
たさといった感情は感じられない。

「なあ、さとり、どうして俺は人の考えていることが聞こえるように
なったんだ?」
「あら、貴方、それは貴方が人から妖怪側に一歩近づいたからですよ。」

「一体どういうことだ。」
「私の妖怪の力に当てられたのでしょうね。」

「冗談じゃない!そんなに簡単になってたまるか。」
「私にあれだけ頼っておいて、いいとこ取りをしようなんて。私は都合の
良い女だったのですね。」

探偵が語気を強めて詰問するが、さとりの方は一向に余裕を崩さない。
よよよ、と探偵に泣き崩れるような素振りを見せるが、むしろ嬉しそうな
顔を浮かべ、探偵の脳内にも、さとりの声がリフレインする。

「巫山戯て言うのは止めてくれ!脳に笑い声が響いてくる!」
「そうですか、でも貴方。あなたは私の物ですよ。」

躁じみたの声は止まったものの、今度は人を物扱いする助手に、
探偵の反発は強まった。

「彼氏の意見を無視することが、恋人のやることか?!」
「まあ、なんてことを。」

恋人と言った瞬間にさとりの笑みが消える。どうやら予想外の地雷を
踏んだようである。

「貴方、私は妻ですよ。」
「おいおい、何時結婚したんだよ?俺は婚姻届なんて書いた記憶がないぞ。」

「この間火事に巻き込まれた後に、貴方の無意識に直接聞きましたら、大賛成
でしたよ。」
「いや、それ違うから。昏睡しているだけだから。っていうか、何だよ勝手に
しただだけじゃないか。」

「いいえ、違います。それに夫の間違いを正すのは、妻の役目です。」


さとりは探偵の服を掴み、探偵の顔に自分の顔をぐいと近づける。

「否定の次は、私への怒りですか。その考えが更正するまで、いや、
そもそもそんな考えが起きないようにしないといけませんね。」



 さとりは探偵の深層心理に入り込み、探偵の精神に痛みを与える。
モルモットに電気ショックを与えるがごとく、探偵にさとりへの反発が
湧き上がる度に激痛を与えていく。
 -余談であるが、内臓に傷を付けずに全身の骨を砕くようなこの手法は、
さとりのお気に入りである。
 トラウマを利用して、強烈な刺激を与えて一度に洗脳する方法は、効果が
高いが記憶まで悪影響を与えることがあり、人格にも変容が起きるためである。
 この方法ならば記憶は保たれるが、思考回路を変更するため、あまり
悪影響は起きにくい。さとりを許容することを、自分で自然に選んで
しまう、正に強制的な矯正である。

 さとりは探偵の心を弄くりながら、そっと呟く。

「人間が妖怪や神になった事例は昔話に山ほど在りますが、妖怪が
人間になった話は、とんと聞きませんね。これで貴方はもう戻れません。」

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最終更新:2017年01月09日 23:05