探偵助手さとりif2

睡眠薬に溶かされた虚ろなまどろみの中で、瞼の裏側に光が差し込む。
相変わらず寄せては引く波のような睡魔が探偵の脳を襲う最中、薄い布
を挟むようにくぐもった声が耳より彼の脳に入ってきた。

「はい、五名様御到着。御代はこれね。」
「この三つですか。あと霊夢さん、彼はまだ折れていませんよ。」

「はあ、強情なこと。これで四日目なんだけれどね。」
「霊夢さんが昔の状態に戻ると思って耐えているようですね。もう
数日そのままにするか、食事を絶てば落ちるでしょう。」

「まあ時間はあるからゆっくりするわ。」
「お優しいのですね。」

「はいはい。そっちも宜しくね。」
「ええ、近日中に。」

 さとりともう一人の女性が話しているようであるが、普段なら理解できる
話も、唯々川が流れていくようにシナプスの隙間を通り抜けていく。かつて
大都会の端に事務所を構えていた時に嗅いでいた排気ガスと工場の煙が混
じった空気が、一変して澄んだものに変わったことを感じながら、探偵の意識
はもう一度水に溺れるかのように沈んでいった。


 探偵が再び目を覚ました時は、豪華なベットの上であった。トロッコのようなもの
に長時間乗せられていたせいか体の筋が強ばるように感じたが、ベットのマットは
探偵の体を深く沈ませていた。薬の影響かぼんやりしたままの頭を奮い、探偵は
部屋を出て辺りを歩くこととした。
 探偵は豪華な屋敷を歩くが、一向に出口が見当たらない。どれだけ広い屋敷なのか
と呆れながらも調度品が飾られた壁を見上げた時に、探偵はふと気づいた-どこにも
窓が無い-自分がいる廊下に窓が無いことを確かめた探偵は、廊下を走り角を曲がる。
そこの廊下にも部屋に繋がるであろう扉はあるものの、何処にも窓は無い。今が夜
なので鎧戸を雨戸のように閉めているのではないかと、硝子の窓が無くとも金属の
無骨なレリーフは無いかと天井から床まで見渡すが、布のカーテン一つ見当たらない。
廊下に煌々とランタンが揺らめいており、赤い絨毯に自分の影が長く落ちる。急に不
安が迫ってきた探偵は、猛然と廊下を駆け抜けた。
 数分程走ると普段の運動不足が祟ったのか、探偵は息を切らしていた。汗が自分が
来ている着物に染み渡る。自分の額に次々と浮かんできた汗を拭った探偵は、自分が
着た覚えの無い着物、それも自分の所長時代の給料では小遣いを年単位で我慢しないと
買えないであろう服を見て、顔を蹙めながら目の前の扉を開けた。自分が如何にしよう
とも、この着物のようにさとりに操られるのであろう。釈迦の手のひらで得意になって
いた孫悟空のように全てを見通されて。


 探偵が一際豪華な装飾が施された扉を開くと、玉座のように一段高い場所にさとりが
座っている。引き寄せられるように探偵が進んで行くと、後ろで扉が独りでに閉まる。
最早戻れないルビコン川を越えてしまった探偵は、唯前に進むしかなかった。
 探偵がさとりの前に出ると、さとりが探偵に声を掛ける。

「ようこそ○○さん。ここが地霊殿です。」
「ここは何県だ?」

「○○さん、ここは日本ではないのですよ。」
「馬鹿馬鹿しい、そんなに簡単に国外に脱出できて堪るものか。そんなに簡単に海外旅行へ
行けるものなら、俺が真っ先に借金取りから逃げる為に使っている。」

「まだ勘違いしていますね。ここは地球ではありません。」
「遂に一足飛びに宇宙旅行ときたか。それなら窓が無いのも理解できるな。」

「ここは○○さんがいた世界、外界と私達は呼んでいますが、そことは別の世界です。
外の世界で忘れ去られたものが入り込む世界。ここは幻想郷です。」
「入り込めるのならば、出ることも出来そうだな。お前のように。」

「ええ、出来ますよ。貴方が思っている方法で。」
「それじゃあ、行くとしようか。」

「良いですよ。○○さん。」

 売り言葉に買い言葉で啖呵を切った台詞であったが、あっさりとさとりに受け入れられて
しまう。今までの生活の中でさとりが自分に執着している姿を見ていた探偵からすれば、早々
信じられるものではないが、出した言葉を引っ込めるのは沽券にかかる。


「今から撤回しても遅いんだからな。」
「どうぞ良いですよ。」

「この扉を開いたら、何か部下が襲ってくるとか無しだからな。」
「そんなことはしませんよ。○○さん一人で扉を開けて下さい。」

「そう言って、扉を開けた瞬間に襲う腹積りなんだろう。」
「本当は怖いんですよね。聞こえますよ。助けてって。」

「馬鹿にするな。」

 さとりの挑発する言葉に腹を立てた探偵は、さとりに背を向けて扉に手を掛ける。幼児の
ように馬鹿にされた怒りも手伝って、探偵は乱暴に扉を開けようとする。
 しかし扉は開かない。いくらノブを押さえつけても扉はウンともスンともせず、さては
押し戸ではなく、引き戸だったかとノブをこねくり回すが全く開かない。遂には入る時には
前に押した筈の扉を横に引っ張ろうとするが、当然扉は開かない。

「○○さんどうしたのですか。その扉は引いて下さいね。」
「おい、どういうことだ。さっき開いた筈の扉が開かないんじゃないか。」

「さっきは私が手助けしましたから。ほら、開いたでしょう。」

 さとりがこともなげに開いた扉を睨付け、ふんと鼻息を鳴らして探偵は進む。さとりが後
から付いていくが、敢えて無視をして歩いて行く。

「○○さん、その角を左ですよ。」

「その扉は食堂ですよ。次の扉ですよ。」

「この扉も開きませんね。はいどうぞ。」

 すべてさとりに手助けをして貰いながら、探偵は進んで行く。そして一際大きな扉に出ると、
後にいるさとりに目もくれずに、玄関の扉を開けようとする。

「○○さん。」
「たとえ日が暮れようとも、お前の力は借りない。」

「お空が扉を開けますから、退いた方が良いですよ。」

 探偵が飛び退くように扉から距離を取ると、あれだけ苦労した扉がこともなげに開く。外の
世界を去り際に聞いた声で、少女がさとりに話しかける。

「あ、さとりさまだ。お出かけですか?」
「ええ、ちょっと○○さんと散歩してきますね。」

○○に腕を絡めるさとりであったが、○○はそちらに気が回っていなかった。
屋敷の外には、太陽すらなく、ただひたすらに薄暗い世界が広がっていたの
であったのだから

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最終更新:2017年01月09日 23:07