日はとうに落ち、夜の色が濃くなってくる時分に、探偵は依頼者と
ファミリーレストランの机を挟んで向かい合っていた。傍らには助手
が座り探偵の横を固めている。連日のストーカー被害により、疲労の
色を隠せない依頼者に、助手は対策を伝えていく。
「本日あと一時間後に、対象者をこちらのファミリーレストランに
呼び出しております。これ以上付きまといを続けるようでしたら、
弁護士を依頼して警察に被害届を出すと言い切れば、おそらく相手も
行為を止めるかもしれません。」
「え、でも大丈夫なんでしょうか。あんなにしつこかったのに。」
依頼者の女性は心細そうであるが、あくまでも止めさせるとは言い
切れない所に、探偵事務所の現状が表れている。しかし現実として、
人の心を操ることなどは「そうそう」出来ることでは無く、まずは
対象者への説得を第一とすることを伝える。
「現実として、これ以上になりますと警察を介入させることしか
ありませんが、今の被害では法律として何か出来る訳ではありません。
今は通報までの証拠を積み重ねるべきかと。」
案に反して対象者は、探偵が証拠を突きつけると素直に付きまとい
を止めることに同意し、誓約書にもきちんとサインもした。それほど
までにすんなりといくとは思っていなかった依頼者は、ほっとしたあ
まりに対象者がファミレスを出て行った時には、目に涙を浮かべている
程であった。ストーカーから解放される嬉しさのあまりに、依頼者は
探偵の手を握りお礼を言う。
「ありがとうございます○○さん。おかげさまで解決しました。」
しかし探偵は嬉しさを出さずに、むしろ冷や水を掛ける勢いで返答
する。
「いえ、油断は出来ません。彼は諦めていません。恐らく、今晩襲撃
に来るかと。」
探偵は依頼者を自宅のマンションに送り届け、そのまま依頼者の
部屋で籠城作戦に出る。ファミレスでは探偵をぶっ殺すと息巻いていた
対象者の声が、さっきから探偵の耳にはっきりと響くようになり、声の
内容が探偵を拷問する内容に変わって、妄想の殺人中継がなされるように
なっている分を聞くと、対象者はマンションの周囲で未だに潜伏している
ようである。
声が一段と大きくなり、鉄製の玄関ドアの前からはっきりと聞こえる
ようになって三十秒程経ち、不意にチャイムが鳴らされる。
探偵はそのままドアのノブを回した。鍵を掛けたままにして。ドアが
激しく引き込まれるが、玄関の鍵に阻まれてドアは少しも開かない。
「おい、開けろよこの野郎!(とっとと引きずり出して○△□×!!)」
なおもドアをこじ開けようとする対象者に、助手が声を掛ける。
「警察を呼びました! 時期に来ますよ!」
対象者は返答の代わりにドアを何かで殴りつけるが、幸いにも分厚い
鉄製の扉は、探偵の体をしっかりと守っている。
一分も経たない内に、助手が予め頃合いを見て呼んでおいた警察が、
サイレンをけたたましく町内一帯に鳴らして到着すると、さすがの
ストーカーもこれまでと、脱兎のごとく逃亡をしていった。
依頼者の家から逃げ出したストーカーが、偶然近くを通った某車両
に跳ねられて、搬送先で死亡が確認されたとの情報を、自宅で依頼者が
警察から伝えられたことを確認し、探偵とさとりは帰宅する。
自宅兼事務所に着いた探偵は、道中の無言を破りさとりを問い詰める。
「おい、どうして殺したんだ。」
何の気も負わずにさとりは答える。
「貴方を殺そうとしたから。」
「しかし、だからと言って殺すのはやりすぎじゃないか。」
さとりは残念そうに言う。
「あらあら、お気に召しませんでしたか。折角追求されにくいように、
警察車両に当てましたのに。」
あくまでもズレた回答をするさとりなのだが、口の端が歪んでいるのは
探偵をからかっていることを明白に示していた。探偵はなおもさとりを
追求する。
「聞いているのはそういうことじゃない。お前も分かっているんだろ。」
「なら、貴方も分かっているんでしょう? 愛しているからです。」
「そんなものは愛じゃない。」
「あら、恋ですか。」
茶化すさとりに探偵は指と共に突きつける。
「愛だろうが、恋だろうが、なんだろうが俺は認めない。」
探偵が差す指をするりとかわし、さとりは探偵の背後から首に手を回し
て抱きつき囁く。
「貴方が認めなくても、幾らでも注ぎますよ。ええ、溢れて溺れる位
までなんかが良いですか。」
「勝手にしろよ。」
さとりは耳元に更に口を近づけて息を吹きかけるように言う。
「勝手にしますね、貴方。愛してますよ。」
かくして夜は更ける。闇で全てを覆い隠しながらに。
最終更新:2017年01月09日 23:46