探偵は思わずさとりの手を振り払い走り出す。太陽が無い、そのことが彼を酷く
動揺させていたし、それは彼に異世界ということを強く実感させていた。普段の場所
ならば、必ず有るはずの物。目を差すような太陽の光が今は恋しかった。
全力で一分も走れば息が上がる。地面にへたり込むように座った探偵に息も切らせ
ていないさとりが話しかける。
「○○さん。これで分かったでしょう?」
「何がだ。」
さとりの哀れむような声に思わず反発したくなるが、突きつけられるのは残酷な現実。
「ここが異世界だってことが。」
労るような、いたぶるような、包み込むような母性と嗜虐的な残酷さ。二つの心がさとりの
表面に表れる。しかしここで怯む訳にはいかない、第一太陽の光を拝めずに過ごす事など、
探偵からすれば真っ平御免である。
「ここから近い地上への出口は?」
二つの感情を混ぜたままさとりは答える。
「最低百。「人間」なら、五百といった所でしょうか。」
辺りを見回した探偵が、さとりに尋ねる。
「何処にも出口が無いじゃないか。」
さとりは一層笑みを深くして答える。
「ええ、ですから、五百キロ先ですよ。「唯の人間が」ここから出れる場所は。」
「百の方は?」
「地獄の業火に一時間程耐えれれば。」
うんざりするように探偵は問いかける。
「どうせ、数百度の炎があって駄目とか言うんだろう?」
「残念、数千度です。」
桁が違ったようである。
黙って探偵は歩き出すが、さとりはあくまでも付いてくる。途中、時折地底の住人が物珍しそうに
探偵の方を見てくるが、さとりが側に居る事を見ると慌てて目を逸らす。さとりは探偵に諦めるように
話すのであるが、探偵は一向に取り合わない。
「ねえ、○○さん、もうすぐ一時間になりますよ。」
「まだ、一割も行けていませんよ。これでは歩いて帰ると日が暮れますよ。」
「そろそろ限界でしょう。帰りませんか。」
いい加減鬱陶しくなった探偵は、さとりを怒鳴りつけようかと振り返るが足が縺れてしまう。
怒りに任せて飲まず喰わずで数時間歩き続けたことは、探偵の体を蝕んでいたようである。
全身が熱く視界が回り、息を上手く吸い込めない。さとりに抱き寄せられなければ、そのまま
地面に倒れ込んでいた筈であり、今もさとりにもたれかかることすら出来ずに、さとりの膝に
頭を乗せることしかできない。探偵を膝枕しながら、さとりは諭すように話す。
「ね、限界だったでしょう。」
「うるさい。」
精一杯の強がりを言う探偵の首を、両手で掴み優しく横を向かせる。
「○○さん、あそこに妖怪が一匹居るでしょう。」
そこには唯の岩があるばかりである。しかし、さとりは手のひらに弾幕を作り放つ。眩い弾幕は真っ直ぐに
岩に突き刺さり、妖怪が一匹飛び出してきた。そのままさとりの方に向かって駆けてくる妖怪。手を刃の様に
変化させている分を見ると、生憎友好的とはいかない様であった。あと一秒程で探偵とさとりに手が届くと
いった所で、さとりはおもむろに妖気を出す。針の様に相手に突き刺さる妖気であるが、さとり指一つ動かして
はいない。しかし妖怪はその場に足を凍りつけられたかのように、急に止まり動けなくなる。足を動かそうと
必死に藻掻く姿は、探偵には決して演技には見えなかった。
そのままさとりは弾幕を一つ、ほんの一つ飛ばす。その弾幕は足で空気を蹴る妖怪の胴体に命中し、その命
を無情にも粉砕していった。赤い液体が飛び散るが、御丁寧にもさとりの妖力に阻まれたのか、綺麗な円弧を
描いて探偵には滴一つ付かない。
何事も無かったかのように、さとりは探偵に顔を近づけて話す。
「ねえ、○○さん、一緒に帰りましょうか。」
探偵に選択肢があるとすれば、子供の様に背負われて帰るか、赤子の様に抱かれて帰るかだけであった。
最終更新:2017年01月16日 02:53