霊夢/ジョバンニ氏①




人間が天国に行けないのは、
森羅万象を悟れなかったり、
自分の罪を認められなかったり、
善行を積まなかったからじゃなく、
安息と快楽に飼い殺される事を本能が嫌っているから、なんて。
そんな哲学じみた事をいい加減に考え始めてしまった。
確かに幻想郷での生活は夢のような心地だ。
ただ、怖くなってしまった。
もしかしたら、ここで永遠に生き続けてしまうんじゃないか。
この生活から逃げられなくなってしまわないか。

「嫌よ、帰したく無い」
霊夢は、泣く事なく、
ただ涙だけ流しながら抱きしめた。
「霊夢……」
「離さない、離したら帰りたくなるでしょ……?」
顔を見せる事なく、
胸元に頭を埋めたままそう言った。
ただ、震えてるのが胸越しに伝わった。
「○○は、
 幸せじゃないの?ずっとこのまま、ここに居たく無いの?」
「ううん、とっても幸せだよ。
 ずっとこのまま居たいて思うよ。
 ……それが、怖いの」
霊夢をゆっくりと抱き返す。
手を後ろに回すと、
一瞬びくついた後、
さらに寄り掛かって来た。
「このまま、幸せに甘んじてしまって。
 何も出来ない人間になってしまったら、それが怖いんだ」
「なって良いよ」
「駄目」
背中を摩る。
涙は記事の薄いシャツを通り抜け、胸を濡らす。
「幸せは享受する物じゃない、追い求める物だよ。
 その欲望が無くなったら、人間じゃないよ……」

「分かった」
暫く、そのまま二人で抱き合っていた後、
先に口を開いたのは霊夢だった。
「三日後、貴方を元の世界に帰してあげる」
「……約束だよ」
「ええ、約束ね……」

三日の猶予は誰の為か、
僕が神社を後にした直後、霊夢は強力な決界を張り、
神社を外から隔離した。

自分の選択に少し後悔しながら、
別れの挨拶に誰から巡ろうか考えていた。


そう誰かと懇意にしていた訳でもなく、
あくまで形式的に挨拶を済ましたつもりだった。
だが案外と、自分を好いていてくれた人は多かったようで、
紅魔館の吸血鬼は運命を弄り、従者に拘束させようとした。
白玉楼の幽霊は桜の枝を手折り、半人半霊の反対を押し退け土産にしてくれた。
マヨイガの妖怪は年甲斐もなくおおいに泣き叫び、縋り付いて撤回を求めた。
永遠亭の姫は何も言わずに自作らしい無線LANルータを渡した、繋がるのだろうか。
山の神社の巫女はとくに驚くべき様子でもなく、むしろ二柱が焦っていた。
地霊殿の姉妹は内心を見通したのか、名残惜しくささやかな宴を開いてくれた。
二人の魔法使いは、急ごしらえなのか不格好な三人の人形を渡してくれた。


各人を諌める内に三日という期間はあっという間に過ぎてしまった。
霊夢が提示した三日間は、
考えを改めさせる為なのか、
自分が心の整理をつける為だったのか。
三日ぶりの博霊神社はやけに懐かしく思えた。
別れの挨拶は済んだ。
今更見送りにくるのも不粋と思ったか、
神社に霊夢以外の姿は無かった。
「挨拶は……済んだよ」
「……考え直すつもりは無いの?」
ゆっくり頷いた。
霊夢は深くため息をつき、
祝詞を読み上げ、決界に穴を開く。
「……じゃあ」
さようならを言う前に、
後ろで、霊夢が手を引いた。
「嫌」
「……鬼じゃないからね、君は」
嘘だってつくさ。
そういうのはわかってた。
「約束、したよね?」
「うん、だから……」
三日ぶり、いや、いつかの宴会以来だったか。
屈託なく笑う彼女の笑顔を見たのは。
「相手を失った約束は、効力が無いでしょう?」

掴んだ手をおもいっきり引っ張り、
姿勢を崩した僕をもう片方の手でおもいっきり突き飛ばす。
謀られた?
ううん、違う。
僕を突き飛ばした霊夢の表情は、
後悔と悲哀に満ち溢れていた。
ゆっくりと閉じる決界の入口、
二人の口はきっと同じように開いてた。

ごめんね。



「結局、快く送り出せた奴は私と早苗位だったな」
○○を膝に乗せたまま、霊夢は魔理沙とお茶を飲んでいた。
「ねぇ魔理沙、幸せって、なんだと思う?」
「そうだな……求め続ける物じゃないのか?」
きっと彼女は知っててそう言った。
○○はそう言っていたけど、お前はどう思うんだ。
何故、○○はここに居る。
何故彼は帰っていない。
何故……
「何で○○は、壊れたんだろうな」
皮肉を言ってる事は魔理沙自身解っていた。
つまり、許すつもりなど無いのだ。
ただ己に罪を認識させ、自己嫌悪させる為にわざわざ言い放っていた。
そういった言葉を浴びてなお、
穏やかな表情のまま、
膝の上で眠る○○の頭をゆっくりと撫でて、
霊夢は重い口を開いた。
「幸せは奪い取る物だった。
 私と、○○にとってもね」
二度と目を覚まさぬであろう頭を持ち上げ、
唇から茶を流し込む。
「○○が、老いてしまって、
 私を置いていくなんて堪えられなかった……」
詭弁だな。
魔理沙はそういって帽子を被り直した。
「私と離れて、それが幸せになるなんて認めたくなかった」
結果として己の、
いや、皆の望まない結果になった訳じやない。
ただ、
彼女は一人、失った物に納得がいかなかっただけ。

二人ぼっちの博霊神社。
幸せな霊夢は泣いていた。
ずっと二人で、
目が覚めるまで、
いや、きっと、
目が覚めても二人は一緒で、
誰もが望んだ幸福な日々を送る筈なのに。

彼女は、自分の侵した罪に泣いていた。
簡単、
人を侵す事も、力を私欲の為に使う事も罪ではない。
そもそも、彼を愛した事が罪だったのだと。
ただもう、嘆き続ける彼女の心を開く者はもう居ない。
きっと、永遠に。


誰もいない神社、
壊れた人間を抱いたまま、
幸せな巫女は泣いていた。
楽園に飼われ、逃げ道を失ったまま。








感想

名前:
コメント:




最終更新:2019年02月09日 19:12