今日は俺の誕生日である。
なので、恋人である早苗に呼び出された理由はある程度予想出来る。
そして、山の神社にある早苗の部屋を訪れて、彼女が一人で出迎えてくれたのも普通のことだろう。
しかし、そこにどうにも解せないことが一つあった。
先日会った時までずっと伸ばしていた、結ばないと地面に届く長い髪がバッサリと切られて、肩口で揃えられていたことである。
俺が伸ばし過ぎじゃないかと意見しても頑なに聞かなかったというのに、どういう心境の変化なのだろうか。
そう不思議に思って聞いてみても、早苗はニコニコと笑うだけでまともに答えてくれない。
こうなった早苗に口を割らせるのは至難の技であり、下手をするといじけてしまうので、気になりはするが潔く諦めることにする。
見たところ機嫌は良さそうなので単なるイメチェンかなにかだろうと、その時は深く気にしなかった。


「あのね、実は今日プレゼントを用意してあるの」
早苗の部屋にて、彼女が頑張って作ってくれたらしいバースデーケーキを食べ終えた頃、一層ニコニコとした彼女がそう言った。
俺としては幻想郷で滅多に食べることのできないケーキを恋人に作ってもらい、手ずから食べさせてもらえただけでも満足だったのだが、恋人からプレゼントが貰えると思うと心が跳ねる。
嬉しさのあまりニヤけてしまうのを手で隠していると、早苗が押し入れから綺麗に包装された箱を取り出し机に置いた。
「開けてみて?」
早苗に言われるがままに包装を解き蓋を開ける。
恥ずかしいがこの瞬間は幾つになってもドキドキしてしまう。
「おお!……おぉ?」
そこに入っていた物は、鮮やかな緑色をした何かだった。
一目見ただけではいまいちどんな物か分からなかったので、箱からそれを取り出す。
手触りはとてもさらさらしており、畳まれていたそれを広げると長方形の長いものになった。
「…え」
ざわり、と嫌な感じがする。
この長方形のもの、見て呉れはマフラーそのものなのだが、俺の感覚がそう認識することを拒む。
色が、感触が、長さが、否応なしにあるものを連想させるからである。
血の気の引いた顔を上げると、頬を赤く染めた早苗が目を細めてこちらを見ていた。
…ショートヘアーの、早苗が。
「〇〇君、私の髪が長くて綺麗だって言ってくれたよね」
「あれね、凄く嬉しかったんだ」
「生まれつきっていっても、緑の髪なんて気持ち悪いって、周りからずっと言われ続けてきたから」
「こんな私のこと一部でも好きって言ってくれて、本当に嬉しかったの」
「だからね、〇〇君にあげようって思ったの」
「作るのけっこう大変だったんだよ?」
「髪の毛って毛糸と違って凄く細いから、まず何本かで編み込んで、それをまた編んでいくの」
「あ、でも、〇〇君を想いながら編んでたからとても楽しい時間だったよ」
「これから寒くなるけど、これを巻いていたら暖かいし、いつも私と一緒だね」
早苗がうっとりとしながら何やら語っているが、俺はそれを聞いてやれる精神状態ではなかった。
髪の毛でマフラーを編んで贈るなんて行為、ドン引きを通り越して恐怖である。
今まで欠片も見たことの無かった恋人の異常性に、俺は固まってしまった。
「…もしかして、嫌だった?」
不意に聞こえたトーンの低い言葉にドクンと心臓が跳ねる。
見ると、先程までの熱っぽい視線は不安げなものに変わり、顔は青ざめその目には涙が溜まっていた。


「私、喜んでくれるって勝手に思ってたけど、いらなかった?」
「やっぱり、私なんかに包まれるって嫌?」
「あ、それとも『長い綺麗な髪』じゃなくなった私が嫌いに…?」
「ご、ごめんなさい。それならまた髪が伸びるまで会わないから」
「そんなものもすぐ捨てちゃうから」
「お願い…捨てないで?」
卑屈になり涙を流しながら腕に縋り付いてくる早苗を見ても、俺は言葉が出てこなかった。
一つ分かったことは、この異常なプレゼントは早苗からすれば純粋な愛情だったということである。
それが分かったからか、早苗への恐怖というものはほとんど無かったが、だからといってこれを素直に受け取ろうと即決はできない。
今回は髪の毛をマフラーにするだけで済んだが、これを受け取り今後も付き合いを続けた時に何をしてくるか分からないからだ。
今回だって、もし俺が褒めたのが髪でなく目だったら、早苗は何を渡してきただろうか。
多分、片方か両方かの違いはあっても早苗は躊躇いなく俺に自身の目を差し出したのだろう。
俺はその度を越した献身が怖かった。
しかし、だからといってこのプレゼントを受け取らないという選択をするのもまた怖い。
献身的に俺に構い、俺から嫌われることを恐れる早苗を突き放した場合、その愛がどう変化するかなんて想像もしたくなかった。
「………」
どうすれば良いかなんて分からない。
今までと同じように早苗と接する自信もない。
しかし、俺の腕にしがみついて泣く恋人を見ていたら体は勝手に動いた。
空いている方の手で机の上のそれを取り自身の首に巻く。
普通のマフラーとはまるで違うが、それは確かに暖かかった。
目を閉じ、数度考え直し、俺は選択する。
「ありがとう早苗、これ凄く暖かいよ」
そう言うと早苗は涙でくしゃくしゃになった顔を上げて俺を見た。
しばらく惚けたようにこちらを見上げていた早苗だったが、ハッとするとしゃくり上げながらもその表情を満面の笑みに変えてくれた。
「本当?」
「貰ってくれるの?」
「暖かい?」
「嬉しい」
「ありがとう」
「〇〇君」
「大好き」
俺に抱きつきながら告げる早苗の素直な想いに赤面させられながら、俺は正しい選択ができたと思い胸を撫で下ろした。


それからしばらく早苗の嬉し泣きに付き合い、早苗が落ち着いてそろそろ帰ろうかという時には日がほとんど落ちていた。
「ごめんね、嬉しくてたくさん泣いちゃった」
「遅くなっちゃったし、今日は泊まっていってね?」
早苗の提案に、断る理由もないので首を縦に振る。
夜は妖怪の力が強まるので流石に早苗から守りの護符を貰っても一人では帰れない。
かといって早苗に送ってもらうと帰りが早苗一人になってしまう。
いや、早苗なら一人でも全く問題ないだろうがそれは恋人として、男として許せない。
まあ、泊まるといっても俺と早苗は別々の部屋だし、神奈子さんや諏訪子さんもいるから何も起こらないだろう。
「あ、そうだ」
ふと、早苗が何かを思い出したように手を叩いた。
「今日は神奈子様も諏訪子様も山の宴会に行かれたから居ないけど、良いよね?」
俺の前まで来た早苗はそのまま抱きついてくる。
俺を真っ直ぐ見上げる早苗の目はどこまでも澄んでいて、吸い込まれそうだった。
「お布団も私の以外干しちゃったから、一緒に寝ようね」
「誕生日だもん、なんだってしてあげる」
「あ、もちろん誕生日じゃなくたっていいよ?」
「何かあったらなんでも私に言ってね、〇〇君」
俺に有無を言わさず、扇情的な仕草で口早に話す早苗を前に、俺は笑顔を引きつらせて一人冷や汗を流すしかなかった。
そして同時に祈る。
先程の選択が間違ったものではありませんようにと。

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最終更新:2017年01月16日 03:03