…………ツカ…………ツカ…………。
異様に長い廊下に、クセのある靴の音が響く…。
その音を聞いて、私は ―――あぁ、今、メイド長が歩いていったな――― と直感した。

 私は現在、大きなベッドの下で息を潜めている…。
ベッドの所有者はフランドール・スカーレット…通称悪魔の妹だ。

 靴の音が遠ざかっていってから、私は怖わ怖わとベッドから顔をヒョッコリ出す…。
そこには、私が潜んでいるベッドの他に、散乱したクレヨン…お絵かき帳…ツミキ、洋風のチェアーに大きなテーブル…。
そして熊のぬいぐるみと何だか分からない破片が散らばっていて、窓には黒い鉄格子がガッチリはめ込まれているばかりである。

 この有様を静聴すると、どうして私がこんなことをしているのか―――そう疑問に思う人があるだろう。
いや、そう思うのは至極モットモだ。

 何故私がこんな奇妙な部屋で奇妙なことをしているのか――それはつまりこういうわけなのである…。


 元来、私は外の世界の人間であった。
しかしある日、ふとしたハズみで、このマカ・フシギな『幻想郷』へ迷い込んでしまったのである。

 それからの私の暮らしは、散々惨めであった。
訳も分からず訳も分からない場所へ迷い込み…訳が分からない生物(この生物が俗に言う、妖怪というものだと知るのはダイブ先である)に追い回され…。

 命カラガラ逃げて逃げて逃げた先、…そこにはマトモな人間が集まっている『人里』なるものが広がっていた。
ダガシカシ、そこへ辿り着いたとテ生活が良くなるハズもなく… 私はひたすら職を探しフラフラしているばかりであった。

 そこで知ったのが、今現在私がいる館―――悪魔の館『紅魔館』であった。


 紅魔館では、給料と休日がホトンド皆無の代わりに、必ず衣食住を保障してくれるという話であった。
…当時生活に窮屈していた私にとっては願ったり叶ったりの条件であったので、すぐさま準備を施してその館へ向かったのである。

 そして私は、えっちらおっちら人里外れの山を抜け、紅魔館へ辿り着いた。
それから四苦八苦して、なんとか館の主―――レミリア・スカーレットから専属の業務を頂いてのである。

 ある日、私は紅魔館のメイド妖精から仕事内容とその場所への案内をされた。
私はそのとき、ようやく職を任された喜びと興奮で、これからはきっとなんとか幸福に暮らしていけるだろう。――などという甘っちょろい楽観的妄想を抱いていた。
――これから、私のその予測は、見事バラバラに四散してしまうのである…。

 メイド妖精が――ここがこれから貴方の仕事場所です…と言い、大きな錠前を外してから、地下の黒い扉を開けた…。
すると、その中の森閑とした暗黒から姿を現したのは… 一人の、七色の宝石が生えた翼を持つ、奇妙な金髪の少女であった。


 メイド妖精が言うには、この少女はレミリア・スカーレットの妹であり、少々気がふれているため、495年の間ここで幽閉されているのです…ということであった。
そしてメイド妖精はそう言った後―――私を全力で蹴飛ばし、無理やりその狂人の部屋へ、ブチコンだ。
一瞬、私は何が起こったのか理解できなかった―――、しかし、すぐに気づいたのである
  「私はこの狂人の玩具にされるのだ」…と。

 しかし、私がそう分かった時にはもう遅く、メイド妖精は扉と錠前をガッチリ閉め、とんずらしてしまっていた。
その刹那、私を深い絶望が包んだ。
―――狂人が、その金髪と翼の宝石を闇に光らせながら、私のもとへ歩いてくる。…ゆっくり、ゆっくりと。

…終わる、私の人生はもうすぐ終わろうとしているのダ……。

狂人と、目と目が合う。

…畜生、どうせ終わってしまうのなら、洗いざらいブチマケテやるぞ……。


 狂人が、私の前へ立った(私はこの時、蹴飛ばされていた弾みで手を着いて跪いていましたので、この狂人が異様に恐ろしく見えました)。
…私は、もういっそどうにでもなってしまえ、という心持で口を開きました。

 「―――――畜生、この狂人メ…!私はただ、外の世界で静かに暮らしていただけだというのに、何故こんな場所でお前のような気狂いに殺されてしまわなければならないのだ…!
  私はただの一度も悪いことはしていないというのに……畜生畜生畜生畜生…!殺すのなら、いっそのこと一思いに殺してしまえ…」 

 私は涙を巻き散らしながら、必死にこう叫んだのである。
―――すると、狂人は、一言こう私に質問を投げかけた。
  「…フゥン、貴方外来人なの?」

 そのときはただ、無残に八つ裂きにされるものと信じてやまなかった私は、その少女の質問に思わず面食らってしまった。
私が驚きと少々の安堵が入り混じった表情で、その狂人――金髪の少女を見上げていると、少女から次の言葉が投げかけられた。

 「――外来人なら何か面白い話をしてよ。そうしたら命は助けてあげないこともないからサ」

 命は助かる…命が助かる!
私はこのワードに過敏な反応を示した―――絶対に生き残ってやる…人生で初めてそう思ったのである。

 少女はまず私を木製のチェアーに座らせ、次に自分自身がテーブル上で私と対になるよう座った。
少女は「サ、サ。早く早く」といかにも待ちきれない様子で私に目の焦点をぴったり会わせた。
 ―――その目は、いかにも期待に胸を膨らませた子供の目であり、つまらなければ殺す―――そういった子供ならではの残虐性を孕んだ目でもあった。

 私はとりあえず涙をヌグい、そして『面白い話』を必死に想起した。
人一人の命運が、たった一度だけの笑い話で決まるというのは…ナカナカ滑稽なことである。

 人間というのは、このような切迫した状況でもツマラヌことを考えるもので…
「この状況こそが一番のジョークではないか…」などという思想が私の脳髄をよぎった

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最終更新:2017年01月16日 20:08