夜闇に降り積もる雪が浅瀬のように地を覆う中、樅は小高い丘の上で一人佇んでいた。彼女の見つめた方向は、遠く、深い森の向こうで小さく柔らかな光が灯っていた。そこを見つめるその横顔は、瞬きをするのみの微かな動きしかなかった。だが、その時の彼女は最も美しい女の顔をしていた。

いつからだろうか。樅が毎夜、里から抜け出すようになったのは。男がらみの夜遊びか、ついに彼女もそういうことを覚え始めたのかと、最初は嬉しくもあった。あややけれど、必ず一刻や二刻程度で戻ってくるのだ。彼女ゆえに生真面目過ぎる交際を行っているのは、友人の私としては面白くはない。だから、少しだけの悪戯心で尻を叩いてやろうとしただけだった。

記者精神を輪にかけた好奇心を持って私は夜に樅の後を追った。里の門をくぐり抜けると、足早に森の中を駆け抜け、かなり開けたところに出た。眺めのいいところだった。空が両手をいっぱいに広げて、月と星を抱え込んでいる。その足元には、森林が根をはり大地を覆っていた。そこは高台のように周りの地表から盛り上がり、突起した地形であった。そこで、樅は一人で立っていた。彼女は何もせずにただある方向を望んでいた。

いつからだろうか。私がここへ来るようになったのは。彼を知って、彼に惚れて、それから。
私は何をしたいのだろう。何を求めているのだろう。彼に触れたいのか、彼に愛されたいのか。

臆病な狼がいるだけ。ただ一つわかるのは。


それから暫く経ってからも、樅はあの丘へと通い続けた。そしてその頃には私も彼女がしていることと視ているものたちも知っていた。叶わぬ恋と諦めて捨ててしまわず、抑えきれずと奪おうともしない。なんとも、幻想郷の女らしくもない中途半端な恋。いつまでも、このままでいいのか。乙女よ。

私はいつまでここへと通うのか。切って捨ててしまおうとすれば、出来るのだろう。何故、それが出来ないのかも分からない。ただ、彼の顔を、背を、見たくて。
彼の子供が生まれたら、そこで諦めよう。多分そこが区切りなのだと思う。

肩に乗った雪が冷たい。そう気付いた時には、もう朝になっていた。受け身も取らずにそのまま倒れる。軽い衝撃と、優しい包容に包まれる。何故か、誰かに慰められたようで泣きそうになった。情けない声が漏れでる。しゃくりで息が詰まる。突然、何かが覆い被さってきた。抱き締められる。何かに気付いた時にはもう耐えられなかった。
「ばかあや、いつからみてたの」
「あやや、友人にそんなことをいうなんて失礼な狼ですね」
「わたし、むりみたい。あきらめられない、つらいよ」
「いいんですよ、今は。そんなこと考えなくて」

私は今日もこの丘へ来るのだろう。いつまでも。この恋がいつか、なくなるまで

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最終更新:2017年01月16日 20:17