○○の元に通う。普段は憎まれ口をつい叩き、周囲から嫌われてしまう事が多い
が、○○はそんな私をいつも受け入れてくれていた。妖怪である自分を受け入れて
くれる唯一の人物、そんな存在である○○に対して、私は彼がいつまでもそうであ
るとばかり思っていた。

 ○○は人間であり、当然妖怪の自分とは立場や寿命が異なるものである。当然私
も、彼が自分より早く死ぬであろうことは自覚していたし、彼が人間である以上、
私以外の人物と付き合いがあることは承知していた。
 だが、今彼の家から出ていった人物は何であろうか。これが人間の女であるなら、
まだ話は単純なのかもしれない。私が単純に振られただけなのであろうし、それは
単なる失恋なのであろう。
 しかし彼の家にいた人物は違った。村の厄介者に鼻付き物、ごろつきに極めつけ
は天狗とくれば、唯ごとではなさそうである。何やら良く無い話が煙が無くとも湧
き上がるであろうし、私の中の妖怪の本能はあいつらの中の、欲望や禁忌といった
もろもろのえげつないまでの下衆い感情を敏感にキャッチしていた。そこに救いが
あるとすれば、精々天狗が下っ端程度の力しか持っていなさそうだという位のもの
であろう。妖怪の山に一大勢力を握っている天狗からすれば、私の方がちっぽけな
存在なのかもしれないが。

 あいつらを追いかけたかった気持ちを抑え、○○の家に入る。私が家に入ると
○○は普段通りに私を迎え入れてくれた。○○が無事で居てくれてホッとする気持
ちが思わず湧いてくる。思わず真正面から○○に尋ねてしまう。

「ねえ、○○、さっきの人達は何?」

「んー、仕事。」

素っ気も愛想も無い様な返事であるが、いつもの彼の調子である。普段から彼を見て
いる所為か、私には○○の他人には分からないような、微妙な感情の揺れであっても
気付く自信があった。自分の中の燻ぶる不安を打ち消し、その日は彼の家に泊まった。


 彼の家の前で不審な人物を見てから暫く経ったある日の夜、私は夜も更けた里の中
を歩いている最中に、居酒屋から出てくる人物の中に以前彼の家にいた奴が混じって
いるのを見かけた。大人数で豪勢な宴会を開いていたらしく、主人がわざわざそいつ
にペコペコ頭を下げている。夜でもよく見える妖怪の目を凝らすと、そいつの着物は
やたら豪勢になっていた。手に持っている札入れは金糸で刺繍をしており、ごてごて
と当人の成金趣味と羽振りの良さを表していた。
 一団の後を飛んでいきやがて集団がばらけた所で、馴染みの奴に偶然通りがかった
振りをして声を掛ける。そしてまだ飲み足らなさそうな、赤ら顔をしている知り合い
を、八目鰻の居酒屋に誘う。ここから近いこともあるし、何よりあそこは蓬莱人の焼
き鳥と違って、里の守護者の息が掛っていない。何が飛び出してくるか分からない今
となっては、そちらは余りにも危険すぎた。

 知り合いに大吟醸の日本酒を飲ませる。口当たりが良い癖をして足を取ってくるこ
の酒は、知り合いの口を奇麗に割った。
 その話を聞くと、どうやら厄介者は何やら最近、とみに羽振りが良いらしい。何や
ら徒党を組んで事業を起こしているらしいが、知り合いにも酒が入っても頑なに教え
ようとはしなかったらしい。どうやら後生大事に抱えるその商売を、無理にでも白日
の元に暴く必要が出てきたようである。


 私は○○の家を監視していた。奴らは中々ずる賢く、仕事を天狗の縄張りでやって
おり尻尾を中々掴ませない。馬鹿正直に問い詰めた所で、白状する往生際の良い奴ら
では無いのであろうから、○○の家に集まった現場に突入し、動かぬ証拠を抑えよう
という作戦である。いつあいつ等が、○○の家に集まるか分からないことが難点で
あったが、○○が私に対して一日中留守にすると言った日になっても、まだ家に居る
様子を見て今日がその日だと私は悟った。
 以前居酒屋で見かけた奴が、一人で○○の家から出てくる。丁度良い塩梅に手頃な
奴が出てきたと思った私は、そいつから情報を聞き出すことにした。
 ボロボロになった目の前の奴が、鼻血を出しながら白状する。ここまで来て嘘を付
かれては困る為、追加で顔面に何発か入れておくと、涙もおまけで付いてきた。贋金
作りの部品の工作をしていると、言葉をボロボロと零すそいつを木に括りつけている
と、不意に○○の家の方から爆音が響いた。


 目の前の奴を放っておき、○○の家に飛び込む。普段は整頓されている家の中は
血と死体でデコレーションされていた。○○の周囲だけ無事なのは、もしもに備えて
以前私が渡していた、使い捨ての身代わり地蔵のためであろう。赤色の飛沫と死の
香りを漂わせ、紅白の巫女は針を手の内でじゃらじゃらとさせている。彼女の足元に
転がっているのは、突入の時に使った陰陽玉なのかもしれない。
 一瞬の後、部屋の隅で巫女を見ながら腰を抜かしている○○に飛びつく。背中に
針が何本も刺さる感覚が私の体に響くが、○○に当てたくない一心で○○に抱きつき
赤い処刑人に背を向ける。○○の顔が私の体からはみ出ていたので、腕で頭を抱える
と、そこを狙って太い針が私の腕に突き刺さった。

「ねえ、邪魔なんだけれど。」

「○○は関係ない。」

私が彼女に訴えると、更に針が背中に追加される。

「私さぁ、犯人は全員殺せって紫から言われているから、そこどいてくんない?」

「○○は何も知らなかったんだよ!」

「ねえ、ほんと?」

悪人とはいえ、何人もの人を殺しておいて尚も変わらずの冷淡な声、心にまで針を
刺すような彼女の問いに、○○が小さな声で答えた。

「ふーん。でもあんたの能力、「何かを複製する程度の能力」だっけ、色々と里には
邪魔だから、今度見かけたら殺すから。」

彼女のその言葉を聞いた瞬間、私は○○を抱えて家から飛び去っていた。


 自分の隠れ家に○○を匿う。私がもっと早く気付いていれば、○○は今までの生活
を続けることが出来たのにと思うと、とめどなく涙があふれてくる。

「御免なさい、御免なさい。貴方を浚ってしまって…。」

○○に抱きついて泣きじゃくる私を、彼は強く抱きしめてくれた。

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最終更新:2023年09月09日 16:52