あなたは眠っている…。
部屋の戸が開いた音がした。
「○○…起きては…いないわよね」
あなたはぐっすり寝ている。
多分、朝まで目を覚ますことはないだろう。
「ふふっ…可愛い寝顔だわ。
ねぇ○○、私も一緒に寝てもいいかしら?
と言っても、返事も聞かずに勝手に入っちゃうんだけどね」
紫が布団に入ってきた。
しかしあなたは気にせず眠っている。
「あなたがこの幻想郷に迷い込んではや数ヶ月…
月日が流れるのは早いわねえ」
紫は今までの出来事を思い返す。
○○がやってきてしまった事、人里に出さずに自分の所で養っている事を。
そして、徐々に自分の中で不思議な感情が芽生え始めてきていたことも。
「あなたは今は何を考えて日々を過ごしているのかしら。
お金を手に入れて外の世界に帰るための仕事? それとも藍や橙のこと?
それとも…私のことかしら?」
気がつけばあなたはそこにいて 私のためにいる気がした
あなたが私のそばにいると 私は不思議と知恵が回った
「不思議なものよね…恋愛に靡く妖怪なんて、
その辺の下っ端妖怪程度だけと思っていたわ」
氷精が恋に落ち、相手を氷漬けにした話。
天狗が相手を想い、相手のすべてを記録として残し、最後は相手そのものを頂いた話。
人食いの妖怪が、愛おしさと他人への嫉妬から相手のすべてを自分の中に収めた話。
全てその辺の妖怪が自分の感情に抑えられずに暴れてるだけだと思っていた。
自分ならそんな感情に惑わされずに行動できる、そう思っていた。
「傍から見たら恋ってそんなに危ないものなのね…と思ったけれど。
実際経験してみると、この衝動は簡単に抑えられるものではないみたいね」
恋。
相手を想い、大切に想う気持ち。
相手に焦がれ、相手を特別と思う気持ち。
「実は私も妖怪の賢者なんかじゃなくって、
ちょっと知恵と力があるだけの下っ端妖怪だったのかも、なんてね」
私はあなたを考えるたび 胸の奥で何かが揺れる
あなたのことを考えると 不思議と力が湧いてくる
「…ねえ○○。
私があなたのことを好きって言ったら、あなたはどう思うのかしらね」
拒絶するか? 受け入れるか?
拒絶するなら理由は何か。
受け入れるなら理由は何か。
「いえ、好き…という言葉でも足りないのかもしれないわ…
そう、愛している。
あなたの仕草も表情も考え方も何もかも全てを愛してる」
私は賢者だから あなたの全てを知っている
知らないことがあるならば それを調べれば済むことだから
「愛しすぎてたまらない。
愛おしすぎて止まらない。
こんな感情は初めてよ!!」
だから答えを聞かせてほしい あなたが好きと聞かせてほしい
望まぬ答えは聞いてない 愛していると言ってほしい
「…あなたからすれば面倒なものよね。
外の世界に帰るために必要な存在に惚れられてしまったんだもの」
帰る準備が整ったならば、監禁でも何でもして帰ることを食い止めるだろう。
彼女の期待に応えなければ、どうなるかは容易に想像がつく。
彼が外の世界に帰る希望は既に断たれてしまったようなものだ。
「…と言っても寝ているし、返事なんてあるわけ無いわよね。
でもとりあえず…」
あなたは紫に抱きしめられた。
違和感があったためか多少身じろぎはしたが、
それでも目を覚ますほどではない。
「こうしてあなたが眠っている間は、
あなたが私を敵として認識するまでの間は…
こうやってあなたを私のものにしていてもいいわよね」
あなたは眠っている。
あなたは何も応えない。
「おやすみなさい、私の、私だけが愛する人よ」
今日も幻想郷の夜は明けていく。
また一人、新しい妖怪を恋の沼に沈めながら。
最終更新:2017年01月16日 21:16